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扇子


梅雨時の合間、急に晴れて夏日になった日。

大学終わり。

一度家に帰ってからバイトに行こうと思い、足早に歩いていた。暑い。早く家に帰りたい。

そう思いながら歩いていると、前方に、知らない出店を見つけた。

『扇子屋』と筆で書かれた看板がある。

灰色の着物を着た男の人が、一人でカウンターの中にいた。

びっしりと、様々な扇子が並んでいる。

お店はしっかり屋根があり、そこだけ日陰が生まれていた。涼しそう。

暑かったのもそうだけど、珍しさもあり、僕はふらりとその扇子屋さんを覗いてみる。


「いらっしゃいませ」


落ち着いた、涼しささえ感じさせる声だった。


「扇子屋さん……ですか?」


僕が尋ねると、男の人は笑って頷く。


「はい。老若男女、それぞれに向けた物を揃えていますよ」

「そうなんですか」


僕は、扇子たちを眺める。女性向けの花柄や猫の柄、男性向けの単色に柄は無いもの、物々しい龍や虎柄等々。

見ながら、僕は叔父さんの蛍柄の扇子を思い出す。前、夢の中で勝手に叔父さんの扇子を使ってしまったし、自分用に一つ持っていても良いのかもしれない。

でも、いざ自分用に、と思うと、それはそれで悩んでしまう。

扇子たちを見比べていると、男の人は楽しげに笑って声を掛けてくれた。


「ごゆっくり考えてください」


少し、気恥ずかしくなる。


「あ、すみません……ありがとうございます。――どれにしようかな……」


呟くと、背後からすいと、指が伸びて来た。


「それなんか、良いんじゃねぇの?」

「え、」


振り向くと、紺色地に柳が描かれた柄シャツ姿の弥命叔父さんが立っている。笑っていて、左耳の朱い大きな金魚が揺れた。


「弥命叔父さん……何でここに?」

「出先の帰り。俺より扇子見ろよ」


くつくつと笑う声を背に、僕は扇子に向き直る。叔父さんが指差していたのは、深い青色に、白い線で千鳥と波が描かれたもの。


「ま、こういうのはいつも通り、ピンと来たやつ選べば良いんだよ。横槍入れちまったけど」


振り向くと、叔父さんは、後頭部を掻きながら僕から顔を逸らしている。

それを見た後、僕はまた扇子へ目を戻す。これが良いような気がする。何より、せっかく叔父さんが選んでくれたんだし。

僕は、千鳥柄の扇子を選んで購入する。男の人は僕と叔父さんを見、ありがとうございます、と言って、にっこり笑った。


叔父さんと並んで歩きながら、僕は買ったばかりの扇子を開いてみる。

布製で、深い青は透けていた。何だか、良いな。

開いた扇子を見ていたら、弥命叔父さんから雑に頭を撫でられた。何で?

叔父さんに聞いても、笑うだけで何も言わない。

少しだけ煽ると、涼しい風が起きる。

と、同時に。


「あ、」


ふわりと、水の匂いと小さな飛沫、可愛らしい鳥の鳴き声が辺りに響く。


「うお」


叔父さんの声で我に返ると、僕も叔父さんも、少し水を被っていた。周りに、水があるわけでも水を被るような何かがあるわけでも無い。

思わず叔父さんを見ると、叔父さんは面白そうに笑っていた。


「気に入られたな、そいつに」


叔父さんが扇子を指差す。広げた扇子は、濡れもせず、さっきと変わった様子も無い。


「なら、良かったです」


扇子を持ったことは無かったけれど。たくさん使おう。そう思った。






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