表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/47

近付いて来る


女の人が一人、直立不動で立っている。

駅前の、何もない壁に向かって、何もせずただ立っていた。

見た瞬間ぎょっとしたけど、待ち合わせかもしれない。そう思い、通り過ぎる。

何も、壁に向かって立たなくても……とも思ったけど。

それから、家に向かって歩いていると、同じ女の人に出会した。

電柱や建物の壁に向かって、何もせず直立不動で立っている。こちらに背を向けているので、表情は分からない。

白いブラウスに、赤いスカート姿。

少し俯いていて、手には何も持っていなかった。あ、と思うと見えなくなっている。

長い黒髪がボサボサなのが分かるほど近くに立つようになって、僕は足を止めた。

このまま帰るのは、避けた方が良いような気がしたからだ。気味も悪い。

僕は、来た道を引き返した。幸いまだ夜になったばかりで、人通りは多い。

最初に女の人を見掛けた辺りまで、戻って来てしまった。彼女は、同じ場所に同じ状態で立っている。


「うわ……」


思わず声が出てしまう。

逃げられない。そう、思ってしまった。

僕は人波から出ないよう、駅の壁に背を押し当てスマホを出す。雑踏の向こうに、女の人は微動だにせず立っている。

それを眺めたまま、僕は叔父さんに電話した。

仕事中で出ないかもしれない。もし、そうなったら……


[もしもし?旭か?]


半分以上諦めていたから、その声に対する反応が遅れた。


[旭?]

「弥命叔父さん。すみません、僕です。旭です」


妙な返しをしてしまった。


[おう。どうした?]

「仕事中にすみません。実は今……」


僕が説明するのを、叔父さんは最後まで黙って聞いてくれた。話をする内、少し気持ちも落ち着く。視界に入っている女の人は、やはりぴくりとも動かない。


[ふうん、おもしろ。ま、引き返したのは正解かな。今、駅前に居るんだろ?]

「はい」

[そのまま、俺の店に来い]

「え?」


何で?とか良いのか、とかいろんな考えが頭を巡る。

沈黙の間に、叔父さんのくつくつ笑う声が聞こえて来た。


[いいから来いよ。だから連絡寄越したんだろ?]


怠そうな、それでいて言い聞かせるような声音を聞いて、僕はハッとする。そうだった。


「ありがとうございます……向かいます」

[なるべく、人多い道通って来いよ]

「分かりました」


通話を切り、僕は歩き出す。

お店に行って、どうするのかは分からない。

でも、叔父さんが来いと言うなら、大丈夫なのだろう。

女の人は、やはり僕の前に現れ続けた。距離は、さっきと同様、段々近付いて来ている。

お店に着くまで、接触せずに済むのか。

走り出したかったが、それで更に距離を詰められたらと思うと怖い。

僕は早足に、道を進んだ。近付いて来る彼女のスカートの、赤色と思ったのは、古くなった血の色だった。

もう何も知りたくない。

お店のドアが見えて来て、ホッとした。更に近付いて、僕は短く声を上げる。


ドアの前に、彼女がいた。


固まっていると、お店のドアが唐突に開く。


「旭、下向いてろ」


叔父さんの声。

僕は反射的に、その言葉に従った。

それから直ぐ、ぎゃあ、という嗄れた声と、バリン、と何か割れる音が聞こえる。


「もういいぞ」


しばらくして、再び聞こえた叔父さんの声で顔を上げた。

女の人は、もういなくなっている。

叔父さんは怠そうに、何かを持ち上げてドアに立て掛けていた。

それは――


「姿見?」


全身が映るタイプの大きな姿見だった。鏡面は大きく亀裂が入り、割れている。

叔父さんは、それを睨んでいた。


「客が置いてったんだよ。ここはゴミ捨て場じゃねぇっつーのに……ま、最後に役立ったし、これで心置きなく処分出来るが」

「あの、女の人は……」


僕が聞くと、叔父さんは不敵に笑って姿見を指差す。


「この中の方が、延々突っ立ってられるだろ」


もう一度、姿見を見る。

割れて歪んだ鏡の向こうに、赤いスカートを見た気がする。

けど、叔父さんが直ぐ真っ黒な布を被せたので、それきり分からなくなった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ