帰り道
夕方。
家に帰る途中、家の方向から誰か歩いて来るのが見えた。
近付いてくるにつれ、それが叔父さんだと気付く。
声を掛けようとして、何となくいつもと雰囲気が違うなと思った。
僕の声は出ないまま、叔父さんはやって来る。
「旭」
叔父さんは僕を見ると、にやっと笑った。
あ、違う人だ。
感覚で、そう思う。
そして、何となく意地の悪さを感じた。
意地悪をして、いい気味だ、と思っているような。
感じが悪いな、というのと、知ってる人の姿でドキリとさせられたことへの不愉快さで、足が止まってしまう。
早く帰りたいのに。
本物の叔父さんは、家か、お店かに、ちゃんと居るだろうか。
胸がざわざわして、不安になる。
目の前の、叔父さんの姿をした誰かには、影が無かった。その足下を凝視していると、笑われる。
「もう気付いたか」
「……あなた、誰ですか」
僕の質問に答えはなく、笑い声が響く。
「お前の方なら、騙して食えると思ったのに」
「食える?」
思わず聞き返した時、後ろから強く腕を掴まれる。
「ーーそこまでだ」
振り向くと、黒地に浮世絵みたいな雲の柄シャツ姿に、凶悪な眼光を放つ、弥命叔父さんがいた。左耳に、いつもの大きな朱い金魚が揺れている。
違う誰かが立っていた場所へ目を戻すと、人の形をした黒いモヤが、消えるところだった。
僕でも叔父さんのものでも無い舌打ちが一度だけ響いたが、それも直ぐ消える。
叔父さんは、モヤがあった場所を睨んでいた。相変わらず怖い。しばらくして、僕の腕から手を離す。
「あんま、得体の知れねぇヤツと問答するなよ。相手が悪けりゃ、呑まれるぞ」
言葉の割に、叔父さんは面白そうに笑っている。
「弥命叔父さん。……いつから居たんですか?」
「旭、て、旭が声掛けられたとこから」
「最初からじゃないですか」
そんなことを言うなら、もっと早く声を掛けて欲しい。
叔父さんは後ろ頭を掻きかながら、怠そうに息をつく。
「俺も、あれにさっき、店で会ったばっかりなんだよ。腹立ってぶっ飛ばしたけど、逃げたから追って来た。ろくなもんじゃねぇ。反対方向なのに」
気持ちは分かる気がする。
不愉快な存在ではあったから。
「あれ、何ですか?」
「知らん。通り魔みたいなもんだろ」
叔父さんは、不機嫌そうに顔をしかめていたけど、やがて息をつく。
「ま、ここで終わったからマシか。腹立つけど。俺は仕事に戻る。ーー旭、一応、万寿側に置いておけ。今夜は、また何か来ても、受け答えすんなよ」
「分かりました」
叔父さんは、怠そうに背を向ける。
あれ?そういえば。
「弥命叔父さん」
「何だ?」
肩越しに振り向く叔父さんは、いつも通り。
「何で、あのお化けが逃げたからって、追って来たんですか?」
叔父さんが、逃げ出したお化けの類いを追いかけるのは、あまりしないような気がしたけど。
叔父さんは、身体ごと僕に向き直り、不敵に笑った。
「あれが、家に向かったからだよ。こーやって、旭も帰って来る頃だし?」
それはつまり。ええと。
返す言葉を考えてる内に、叔父さんはまた背を向けて歩き出す。
「ありがとうございます、弥命叔父さん」
それだけようやく伝えると、叔父さんは片手を上げる。
「旭もご苦労」
緩々と遠ざかる後ろ姿を見送ってから、僕も家へ向かった。




