一人多い
新年。
今年は実家に帰らない旭と弥命は、二人で年越しを迎えていた。
無事に新年になり、挨拶を交わし、朝食に旭は雑煮を作った。
並んだ雑煮の椀を見て、弥命は首を傾げる。
「万寿の分入れても、一人分多くねぇか?雑煮」
テーブルには、四人分の椀が置かれていた。
「あれ?すみません、勘違いしてました」
「別に、食うから良いけど」
弥命が笑い、最初はそれで終わった。
昼に旭が作った磯辺巻きを見た弥命は、怪訝な顔をする。
「……磯辺巻きも一人分多いな」
台所にいた旭は、不思議そうな様子でテーブルを見、置かれた皿を数える。
「……もう一人、いませんでしたっけ?」
「もう一人って?万寿の他に?」
弥命が聞き返すと、旭はハッとしたような顔になる。
「いないですよね」
「正月ボケになるの早いな」
弥命は磯辺巻きに手をつけながら笑う。
旭は困惑した表情のまま。
「夜は俺が用意するから、居間にいろよ。今朝の残りのおせちで良いだろ」
「はい。すみません」
腑に落ちない様子の旭を見ながら、弥命は二人分の磯辺巻きを食べて笑った。
昼食の後。
旭は縁側に面した部屋で、一人本を読んでいた。
縁側では、弥命が煙草を吸っている。
それをぼんやり視界の隅に捉えながら読んでいると、部屋の外の廊下を歩く足音が聞こえた。
(足音……?)
旭が部屋から顔だけ出して見てみると、人影が廊下の角を曲がるのが分かった。
(万寿?叔父さん?)
思わず縁側を振り向くと、丁度弥命が、旭のいる部屋に入って来る。
「さみー。……どうした?」
不思議そうな顔の弥命に、旭は目を瞬かせた。
「あの。廊下の角を誰か曲がって行ったんですけど」
弥命は首を傾げる。
「俺は、縁側から今来たばっかだぞ」
旭の傍らには、いつの間にか少年の姿の万寿がいる。旭と弥命を見上げ、首を横に振った。
「私ではありません」
「……正月から泥棒かよ」
三人で家を見て回ったが、誰も居ない。
「すみません。僕の勘違いだと思います」
「確認するに越したことないだろ。こっちも休みでボケてるしな」
「叔父さんはボケてないと思いますけど」
旭は言いながら、何気なく玄関を見た。
一人分の、見慣れぬ草鞋がある。
「あれ?」
呟きながら、旭は弥命と万寿を引き留める。
旭の声で二人も玄関を見たが、何も見つけられない。
「どうした、旭」
「いえ、知らない草鞋があったと思ったんですが、叔父さんたちが見てくれた時には、もう無くて」
「万寿は?何か見たとか感じたとか」
万寿は申し訳なさそうな顔で、首を横に振る。
「何も見ておりません。何かの存在が、分かるような分からないような、妙な雰囲気なのです」
旭の顔色は悪くなっているが、その説明を聞きながら、弥命は、ふうん、と思案げに呟いただけだった。
夜。
居間にいる旭と万寿に、弥命がお汁粉とお神酒を持ってやって来た。三人分。
「お汁粉!美味しそうですね」
万寿が無邪気に笑って、お汁粉の椀を持つ。
旭も嬉しそうに笑う。
「叔父さんが作ってくれたんですか?」
テーブルに並ぶ椀と盃を数え、旭はちらりと居間を見渡す。弥命はそれに気付いている。
「まーね。旭、まだ人数足りないか?」
弥命の問いに、旭は複雑な顔をした。
「はい。でも、三人ですよね」
万寿は、心配そうに旭の顔を見つめている。
弥命は、くつくつと笑った。
「とりあえず食え。でもってお神酒も飲め。お神酒は一口で良い」
弥命に言われた通り、旭はお汁粉を食べ、お神酒を飲んだ。
ハッと、旭は目が覚めたような顔になる。
「……ずっと、もう一人誰かいるなって落ち着かない感覚だったんですけど……なくなりました。あれ?」
弥命は分かったような顔で一つ頷き、笑った。
旭が尋ねようとすると、玄関の方から物音がした。三人が向かうと、鍵を掛けていたドアが開いている。
泥の足跡が、玄関から外へ向かって出て行ったような形で残っていた。
弥命はそれを見、息をつく。
「居座られる前に、どーにかなったな」
「居座られる、って?」
旭が弥命を見ると、弥命は愉快そうに笑った。
「新年早々だけど、聞きたいか?」
旭は足跡を見、心配そうに自分を見上げる万寿を見、しばらく黙って考えた後、首を横に振る。
「……いえ、遠慮しておきます」
「明日は初詣でも行くか」
弥命は旭の背を笑って叩くと、玄関のドアを閉めた。




