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仏間の記憶

※流血表現有り、注意。

この家には、仏間がある。

否、正確に言うと、仏壇があるから、ここは仏間なんだなと思っている部屋なのだが。

その仏壇は真っ黒で、いつも閉じられている。開いているところも、叔父さんがその仏壇に手を合わせているところも、見たことがなかった。誰の為のものなのか、写真さえ無い。

掃除をしていてちらりとその仏壇が目に入った時、叔父さんに聞いてみようと毎回思うのだが、忘れてしまっていた。

ある日の日中。

仏間の前を通り掛かった時、中の仏壇の扉が開いているのが見えた。

叔父さんが開けたのだろうか。

気になって、僕は部屋に一歩入る。

真っ黒な仏壇から、真っ白な手が一本、伸びていた。


「えっ」


固まっていると、背後に気配を感じる。

振り向くと、知らないフードの男が一人、手にナイフを持って立っていた。声を上げる間もなく、僕は男に腹部を刺された。熱と冷たさが遅れて伝わって来る。

僕は力が抜けて、その場に倒れ込む。

周りには、いつの間にか知らない男女が何人か、同じように倒れていた。この人たちは誰だろう。考えようとしても、寒くなってきて頭が上手く働かない。

僕の周りに、血溜まりがゆっくり広がる。

これは、助からないだろうな。

叔父さんは大丈夫だろうか。

声を出しておけば良かったなと、ぼんやり思う。眠くなってきた僕の耳に、男の絶叫が刺して来る。


「やめてくれ!助けてくれ!!」


声の方を見れば、僕を刺した男が、仏壇から伸びた白い手に首を絞められている。

しばらく格闘していた男は、やがてぐったりとした。

それを見届けた後、僕は意識を手放した。



「旭!」


叔父さんの声が降って来て、僕は目を開けた。

叔父さんがいる。景色は、仏間のまま。


「腹痛いのか?」


叔父さんのその言葉で、僕は刺された腹部を、手で押さえていたことに気付く。

でも、出血は無い。血溜まりも無い。

もちろん痛みも無かった。


「あれ……?」


仏壇に目を向ける。

扉は閉じられて、変わらずにそこにあった。


「……僕、刺されたと思ったんですが。死んだんですか?」


叔父さんは目を見開いた後、僕と同じように仏壇を見て、息をつく。


「死んでねぇよ。――つか旭、あの仏壇見えてたのか」


見えてた?

分からないながら、僕は頷いた。


「はい。閉じた黒い仏壇がありますよね。叔父さんに聞こうと思って、忘れてました」


僕をゆっくり引っ張り起こし、叔父さんは苦笑いを浮かべた。

何故かバツが悪そうに、後ろ頭を掻いている。


「あー……悪かった。話しときゃ良かったな」

「え?」


叔父さんは仏壇を指差しながら、言った。


「その仏壇な、実在しねぇから。俺と旭にしか見えてない」

「え!?」


僕はもう一度、仏壇を見る。

黒いそれは、どう見てもそこに存在しているようにしか見えない。


「触ったら、すり抜けるんですか?」

「いや?普通に触れると思うぞ。その仏壇、強ぇから。俺も触れるし。もう滅多に触らねぇけど」


何だそれは……。

呆然としてたら、叔父さんが笑い出す。


「旭に話したか覚えてねぇけど。この家、事故物件なんだよ」

「初耳です」


この家で奇怪な目にはたくさん遭ってるけど、事故物件とは聞いてないような気がする。

でも悲しいかな、奇怪な目に遭いすぎているせいか、今更事故物件と聞かされても、あまり驚かないというか、怖くないというか。

これで普通の物件、と言われた方が怖いかもしれない。悲しい。

叔父さんは笑ったまま、続ける。


「正にこの部屋で過去、殺人が起きてる。複数人殺されててな。犯人は一人だが、この犯人も死んでる。だから、この家に戻って来てまた事件を、みたいなことは無い。化けて出て来ることも無い。安心しろ」

「はぁ、」


どこから何を言えば良いのか分からないので、とりあえず頷いておく。

叔父さんは、仏壇を指で示す。


「あれはな、殺された人間の持ち物だった仏壇だ。この家を片付けた時、処分されたらしいが。それ以上は、俺も知らん。何で閉じてんのか、誰の為のものなのか。何でここに在り続けるのか。知る必要も無いから、良いんだけどよ」


僕もまた、仏壇を見た。

変わらず、扉はぴたりと閉じられている。


「で、だ。この部屋限定だが、この家はここで起きたことを追体験させてくる。この部屋で起きた殺人の記憶を見せて来ることがあるんだ。さっき、旭が体験したことだな。俺らにある害らしい害は、この辺だけか」


腕を組み、明日の天気の話みたいなノリで話す叔父さんに、僕はいよいよ何も返せなくなる。

叔父さんは僕を見て、不敵に笑う。


「あとは。人殺しの経験があるヤツは、この家に入ったらとんでもないことになる」

「人殺し?」


物騒な言葉に、つい聞き返す。

叔父さんは笑っている。


「もし、な。そうそう起こることは無いだろ、多分」

「叔父さんは、とんでもないことが起きたの、見たことあるんですか?」

「あるぞ。一回だけな。話すのは止めとく」


心なしか優しい声音で言われて、僕は頷いた。

それから、ふと思い出す。

そういえば、


「仏壇から手が出て来ましたけど、」

「あの手は、犯人にしか害が無い。俺らには何もしないぞ。今まで何も無かっただろ?」

「ええ、まあ」


手自体、今日初めて見たから、実のところそこは何とも言えないが。

僕は、部屋をぐるりと見渡す。さっきまでの景色は、全てこの部屋で実際に起きたこと。

今更、身体の奥の方が冷えて来る。深呼吸をした。


「……とりあえず。現実じゃなくて、安心しました。叔父さんもあの男にやられたのかと思ったので。声も出ませんでしたし」


叔父さんがくつくつと笑う。


「声なんて出せねぇだろ、あの状況で。――自分の心配しろ」


叔父さんに促され、僕は部屋を出た。

まだ少し、目眩がする。

振り向いた部屋の中には、変わらず黒い仏壇があった。

触るのは、僕もやめておこうと思う。





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