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おつかい

夜。

家に帰って来た途端、スマホが鳴った。仕事に行っている叔父さんからだ。


「もしもし?」


“旭か?今家か?”


「はい。今帰って来たとこです」


“帰って来たとこ悪いが、俺忘れ物してさ。店まで届けてくんない?”


「忘れ物?良いですけど」


居間に置いてある風呂敷包みだと言うので、通話しながら居間に向かう。確かに、居間のテーブルの上には、言う通りの荷物があった。多分これだろう。


「見つけました。紫色の風呂敷包みですよね?」


“そうそう”


「中身って割れ物ですか?」


“瓶の酒だけど、あんま神経質にならなくて良い。忘れたの俺だしな。そのまま持って来てくれりゃ良いから。あと、万寿(まんじゅ)連れて行け”


「万寿を?」


万寿、というのは、叔父さんの友人であるヤリハルさんに直してもらった、硝子細工の小さな亀だ。僕が名前を付けた。


“そ。店の場所分かるよな?迷ったら、地図アプリか電話しろ”


分かりました、と答えて通話を切った。

叔父さんは、家から歩いて二十分ばかりの所にある、小さなバーでオーナーをしている。それは知っていたけど、行くのは初めてだ。前に貰ったショップカードと、風呂敷包み、小さな透明のポーチに万寿を連れて、僕は家を出た。


細い三日月が浮かぶ、静かな夜だ。

急げとは言われなかったから、気分が良いのも手伝って、ゆったり歩いている。ふと気付くと、後ろからカラコロと、下駄のような足音が聞こえた。同時に、右横から、声がする。


「良い物をお持ちですね。それ、譲ってはくれまいか」


止まって声の方を向こうとして、左手を引っ張られる。見れば、中学生くらいの男の子が、僕の左手を掴んで見上げていた。綺麗な深緑色の髪が、両目を覆っている。口元は、微笑んでいた。


「えっ、と」

「そちらは向かないで。私と歩いて行きましょう」


ゆっくりとした、気持ちが落ち着くような声。僕は素直にそうしようと思い、男の子と手を繋いでまた歩き出す。男の子は嬉しそうに笑った。荷物を譲ってほしい、という声は、右横から聞こえ続ける。でも、男の子が僕に話し掛け続けているから、あまり気にならない。


「私は、雨が好きですよ。雨音は心地良いものです。貴方はどうですか?」

「そろそろ、紫陽花が咲きますね」

「私、水面柄の手拭いがお気に入りです」


男の子からの話題は尽きず、僕も一つ一つ返事を返す。右からの声が不意に止んだと思うと、右手に持つ荷物が闇から引っ張られた。真っ白な手が、確かに荷物を掴んでいる。


「わっ、」


取られまいと、荷物を強く引く。一瞬、綱引きのようになったが、男の子が僕ごと、強く引っ張ってくれた。それで、向こうの手はパッと消える。


「チクショウ……」


悔しそうな声。その方を凝視しても、闇の中には何も見えない。


「行きましょう」


男の子に言われて、また歩き出した。その後は横から声も聞こえることも、荷物を引っ張られることも無かった。あっという間に、叔父さんの店が見えて来る。


「そろそろ着きますね。もう大丈夫ですよ」

「君は」


ドアの前に立つと、男の子の手がパッと離れた。


「大事に連れて来てくれて、ありがとう」

「え?」


思わず、離した手をそのまま、腰に提げたポーチにやる。男の子は柔らかな笑みを浮かべて、消えた。


「万寿……?」


呟いた瞬間、中からドアが開いた。青地に大きな紫色の紫陽花柄のシャツを着た叔父さんが、笑って立っている。


「悪いな。ご苦労さん」


店内の明かりが眩しくも、少し安心した。中に招かれ、カウンターに座る。お客さんはいない。


「これ、今夜飲みに来る客がいてさ。焦ったわ」


カウンター内で風呂敷包みを解いた後、烏龍茶を出してくれながら、全く焦って無さそうな調子で叔父さんが言う。


「高級なお酒とか」

「貴重っちゃ貴重だな」


箱の中からは、水色の細い瓶の酒が出て来た。何故かラベルなどは無く、とても綺麗だ。日本酒っぽく見える。無事におつかいが終わった安堵感で、僕は店内をぐるりと見渡す。カウンターが十席くらい。テーブルは五席くらい。木目調の内装に、オレンジ色の照明。でも、ほんのり薄暗い。叔父さんのイメージからすると、暖かみのある雰囲気が少し不思議だ。視線を一周して叔父さんに戻ると、僕を少し睨んでいる。


「今、失礼なこと考えてただろ」

「いえ、そんなことは」


ドキリとしつつ、適当に濁す。

思い出して、僕は腰のポーチをカウンターに載せた。透明なポーチの中、オレンジ色の明かりを受けて、万寿が暖かく照っている。叔父さんがそれを見て笑った。


「万寿、連れて来て良かっただろ?」


僕はパッと叔父さんを見た。不敵に笑う顔に、ここに来るまでにあったことを話そうかと思った。けど、もう叔父さんは知っているような気もして、僕は結局、


「そうですね」


そう答えるだけにした。




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