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【長女の視点:静かに、責任を抱える】


リビングに入った瞬間、空気の違和感に気づいた。言葉にはならないけれど、そこにある緊張感と、何かが少しだけ壊れてしまったような感覚が、肌にまとわりつく。それは三女が俯きがちな姿勢で椅子に座っているからなのか、それとも次女がボブおじさんに向かって得意げに話していたことを急に切り上げたからなのか。正確にはわからない。でも、そのどれもが原因だと私は思う。


「次女、少し落ち着いて。」

思わず出た言葉だった。私自身の声が少し硬かったことに気づき、後から小さく後悔する。でも、ここでブレーキをかけないと、状況がもっと手に負えなくなるような気がした。


次女がちらりとこちらを見た。その目には言い訳をしたいような、でもその半分は自分のやり過ぎをわかっているような、複雑な表情が浮かんでいた。それでも彼女はすぐに視線を逸らし、椅子を引いて立ち上がった。


「……ごめん、つい。」

彼女の声は少しだけ小さくなっていて、あの饒舌さはどこかに消えていた。


ボブおじさんは疲れた様子で椅子に寄りかかりながら、私たちを交互に見ていた。その視線は少し心配そうで、けれどどこか遠慮も混じっている。私は一度深く息を吸い込むと、ボブおじさんに向かって頭を下げた。


「ボブおじさん、ごめんなさい。妹たちが失礼なことを言ったりしていませんでしたか?」


「いやいや、大丈夫だよ、長女ちゃん。ただな……」彼は言葉を濁しながら、ちらりと三女を見た。その視線を追うと、三女が手元をじっと見つめたまま、こちらを見ようとしないのがわかった。


「三女、大丈夫?」私はゆっくりと近づき、彼女の隣に座った。いつもなら、彼女はすぐに私に微笑み返してくれる。でも、今日は違った。彼女は何か言いたそうに唇を震わせた後、また黙ってしまった。


「長女、三女と少し話してやれ。俺は台所で水でも飲ませてもらうよ。」ボブおじさんが椅子を押して立ち上がった。その動作はどこか重たく見えた。


私は彼に感謝の言葉を告げると、三女に向き直った。彼女の肩は小さく震えていたけれど、泣いているわけではなさそうだ。ただ、何かを必死で飲み込んでいるようだった。


「どうしたの?」私はできるだけ優しく声をかけた。


しばらくして、彼女がぽつりと口を開いた。「……私、役に立ってないよね。」


その言葉は、まるで小さな針で胸を刺されたような痛みをもたらした。三女がそんなふうに自分を責めることがあるなんて、私は思いもよらなかった。


「そんなことないよ。何言ってるの?」私は即座に否定したけれど、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「だって、次女みたいに知識があるわけじゃないし、長女みたいにリーダーシップがあるわけでもない。……お皿洗いくらいしか、できることがないんだ。」


彼女の声は小さく、それでもその言葉の一つ一つが真剣だった。私は思わず息を詰めた。三女がこんなふうに思っていたなんて、全然気づいていなかった。


「ねえ、三女。」私は少しだけ前のめりになり、彼女の顔を覗き込んだ。「確かに、次女はすごく頭がいいし、私は……まあ、責任感がある方かもしれない。でも、だからって、三女がいなかったら、私たちがどれだけ大変になるかわかる?」


彼女は小さく首を振った。


「例えばさ、次女があんなに饒舌でいられるのは、三女がボブおじさんとおしゃべりして、場を和らげてくれているからだよ。私だって、三女が家の中をきちんと整えてくれるおかげで、安心して準備に集中できてる。……それに、三女がいるだけで、私たち、どれだけ助けられてると思う?」


そう言いながら、私は彼女の手をそっと握った。小さなその手は冷たくて、どれだけ心細い思いをしていたのかが伝わってきた。


「……本当にそう思ってる?」彼女が小さな声で聞いた。


「もちろんだよ。」私は力を込めて言った。「三女がいるから、私たちはこの家を家らしく感じられるんだ。それって、すごいことなんだよ。」


彼女は少しだけ顔を上げた。その瞳にはまだ不安が残っていたけれど、どこか希望の光も差しているように見えた。


その瞬間、台所から戻ってきたボブおじさんが、「あー、水がうまいな!」と陽気な声を上げた。リビングの空気が少し軽くなった気がした。


私は三女にもう一度微笑みかけた。「ね、大丈夫だから。一緒に頑張ろう。」


彼女は小さく頷き、少しだけほころんだ笑顔を見せてくれた。その笑顔が見られるだけで、私はどれだけでも頑張れる気がした。


次女の方を見ると、彼女もようやく落ち着きを取り戻しているようだった。どこか照れ臭そうに立ったままの次女に、「さ、私たちも動こうか」と声をかけた。非日常の嵐が押し寄せる中で、私たち三姉妹はそれでも一緒にいる。それが今の私の支えだった。

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