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【次女の視点:非日常と向き合う】


リビングの扉を開けると、空気が思った以上に重く感じた。三女とボブおじさんがテーブルに向かい合って座っている。三女の目が赤く、彼女が泣いたばかりだということが一目でわかった。私はその視線を避けるようにボブおじさんに笑いかけた。


「ボブおじさん、わざわざ来てくれたの? ありがとう。でも、街の様子、大丈夫だったの?」


言葉をかけながら、私はすでに椅子を引き寄せ、彼の隣に腰を下ろしていた。ボブおじさんの存在は、どこか日常の延長にあるような気がして、妙に安心する。それでも、その日常が急速に変わりつつあることを私は知っているし、理解している。だからこそ、私はその変化に自分なりの意味を見出したくてたまらなかった。


「街は、まぁ、ひどいもんだ。」ボブおじさんが重い声でそう言った。


その言葉に乗じて、私はすぐに話し始めた。「だよね、そうなると思った! だって、この状況を考えれば、街が無秩序になるのは当然だもん。核攻撃の話が出てから、人々はパニックに陥るって予測されてたし、供給網が混乱するのも時間の問題だった。そうだ、ボブおじさん、街で暴徒とか見た?」


「まあな。」ボブおじさんは短く答えたが、その顔には疲労がにじんでいた。


私はその表情を見て、心のどこかで自分の興奮を少し抑えなければならないと思った。でも、言葉は止まらなかった。話すことで自分の不安を隠しているような気もしたし、逆に、この異常事態における自分の知識を披露することで、状況をコントロールしているような錯覚を得ていたのかもしれない。


「核攻撃が現実になった場合、プロセスはだいたい予測されてるんだよ。まず最初の波は戦略目標への攻撃だよね。都市とか、軍事基地とか、通信インフラとか。第二波は、その混乱に乗じて、敵が残りのリソースを叩くための追撃。これが特に厄介なんだ。最初の攻撃で生き残った人たちが避難してる場所とか、物資が集まってるところを狙うから。」


ボブおじさんは無言で私を見ていた。私の饒舌さに驚いているのか、それとも呆れているのかはわからなかった。ただ、その視線が私を少しだけ冷静にさせた。


「でもね、問題はその後なんだよ。」私は勢いを落とさずに続けた。「例えば、72時間以降。放射線レベルが一時的に下がるタイミングがあるんだけど、そこで外に出る人たちが増える。でも、実際にはまだ危険なんだ。放射能だけじゃなくて、暴徒とか、食料を巡る争いとか、そういうリスクが増えるから。」


三女が私の話をじっと聞いていることに気づいた。彼女の小さな手が膝の上でぎゅっと握られている。ボブおじさんも、少し居心地が悪そうに見えた。


でも、それでも私は言葉を止められなかった。たぶん、それは私自身がこの異常事態をどこかで楽しんでいる証拠だったのかもしれない。日常の退屈さから解放されて、自分の知識や思考が実際に役立つ状況が訪れたことに、私は興奮していたのだ。


「それに、外にある物資だって、もう信用できないよね。例えば、缶詰でも、放射能にさらされてる可能性がある。表面を洗ったり拭いたりすればある程度は大丈夫だけど、中にまで浸透してたらアウトだし。」


「わかった、わかったよ。」ボブおじさんがようやく口を開いた。「お前さんの頭がいいのは十分伝わった。でもな、今ここにいるのは子供三人と俺だけだ。そこんとこ、もう少し考えてくれ。」


その言葉に、私は一瞬口をつぐんだ。ボブおじさんの声には、少しだけ怒りと、それ以上に疲労と不安が混じっていた。私は何かを言い返そうとしたが、そのとき、長女の声が背後から聞こえた。


「次女、少し落ち着いて。」


振り返ると、長女がリビングの入り口に立っていた。彼女の顔は真剣そのもので、どこか張り詰めた表情をしていた。


「……ごめん、つい。」私は椅子を引いて立ち上がった。三女の方を見ると、彼女の瞳には私が話していた間ずっと消えなかった不安の色が映っていた。


その瞬間、自分が少しだけ調子に乗りすぎていたことを、ようやく自覚した。私の知識や理屈を並べ立てることで、この状況を分析し、理解し、支配しているような気になっていた。でも、それは周りの人の不安を和らげるどころか、むしろ増幅させてしまっただけだったのかもしれない。


それでも、私はまだ完全にこの興奮を手放すことができないでいた。だって、この非日常の中で、自分が生きていることを実感しているのだから。

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