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【三女の視点:心の奥をそっと開く】


私はリビングのテーブルを拭きながら、ちらりとボブおじさんを見た。深く椅子にもたれているその姿は、少し疲れているように見えたけど、いつも通り落ち着いた雰囲気をまとっていた。何か聞きたいことがあるわけじゃないのに、どうしてだろう。おじさんがいると、いつもより心が少しだけ軽くなる気がする。でも、それは長く続かない。


手にした布巾でテーブルを磨く動作がだんだん遅くなり、やがて止まった。気づけば、胸の奥にたまっていた不安や迷いが大きく膨らんで、私の中で居場所をなくしているみたいだった。最近はずっとそうだ。


ボブおじさんが袋の中身をテーブルに並べている音が、やけに静かな部屋に響いた。私はふいに「何か言わなきゃ」と思ったけれど、何を言えばいいのかわからなくて、結局そのまま立ち尽くしてしまう。でも、不意におじさんの声がその沈黙を破った。


「どうした、三女ちゃん? 今日はなんだか元気がないみたいだな。」


その優しい声を聞いた瞬間、なぜか胸の奥がぐっと詰まる感じがした。大人に「どうした?」と聞かれると、普段なら「なんでもない」って笑顔で返すんだけど、今日はそれができなかった。だって、本当は「なんでもない」なんてこと、全然ないから。


私はそっとテーブルの端に腰を下ろし、膝の上で手をぎゅっと握った。心の中で言葉を選ぼうとするけれど、まとまらない。ただ、黙っていることはもうできなかった。


「……おじさん、私ね……」


自分の声がかすれているのがわかった。話し始めたのに、言葉が喉の奥で詰まる。ボブおじさんはそんな私を急かすことなく、じっと待ってくれている。その優しさが、かえって涙を誘いそうで怖かった。


「私……役に立ててない気がするんだ。」


ぽつりと口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。ずっと心の中に隠していたものが、こんなにあっさりと外に出るなんて思わなかった。私は俯いたまま続けた。


「お姉ちゃんたちみたいに何かができるわけじゃないし、私がやってることなんて……ただの片付けとか、料理とか、そんなのばっかりで……。それも、別に上手なわけじゃないし。」


テーブルの上をぼんやり見つめながら、言葉が止まらなかった。


「長女お姉ちゃんはみんなを守るために頑張ってて、次女お姉ちゃんは頭が良くて、いろんなことを考えて行動してて……。でも私……私だけ、なんにもできない気がして。おじさんだって、外の危ないところから配給品を持ってきてくれて……私、こんな家の中で、何もしてないのに守られてばっかりで……。」


声がだんだん震えてくるのがわかった。目の奥が熱くなって、涙が出そうになる。でも泣くわけにはいかない。お姉ちゃんたちに「私が泣いてた」なんて知られたら、もっと迷惑をかけるだけだから。


ボブおじさんはしばらく黙っていた。私の言葉が全部終わるのを、ちゃんと待ってくれているみたいだった。時計の針の音だけが響く中で、私は自分の小ささと無力さを痛感していた。でも、やっと静かになった部屋の中で、ボブおじさんが口を開いた。


「……三女ちゃん。」


その声は、いつもより少し低くて、でも温かさがあった。私は顔を上げられずに、小さく「うん」とだけ答えた。


「君が言ってること、わからないわけじゃないよ。周りがすごい人に見えると、自分が何もできないんじゃないかって思うもんだ。でもな、君が言ってる『何もできてない』ってのは、本当にそうか?」


私は驚いて顔を上げた。おじさんは少し笑って、私を見ていた。


「君がやってる片付けや料理、それだって立派なことだろ? お姉ちゃんたちが安心して準備に集中できるのは、君がその『当たり前』を守ってるからだ。『当たり前』を守るのは、実はすごく大変なことなんだぜ。」


おじさんの言葉に、私は胸が少しだけ温かくなるのを感じた。でも、すぐにまた不安が顔を出す。


「でも……それだけじゃ足りない気がして……。もっと何か、大事なことをしなきゃいけないんじゃないかって。」


ボブおじさんは私の言葉に頷いた。


「大事なことをしようとする気持ちはいいことだ。でもな、三女ちゃん。大事なのは、それが『誰かを思ってのことか』ってことだ。君が心配してるのは、誰かに『認めてもらいたい』からじゃなくて、ちゃんとお姉ちゃんたちのことを考えてるからだろ?」


その言葉に、私ははっとした。自分がしていることが、ただ「役に立たなきゃ」と焦っているだけじゃないと、初めて気づいた気がする。


「だから、大丈夫だよ。君のやってることは、ちゃんと意味がある。少なくとも俺はそう思ってる。」


ボブおじさんのその言葉に、私は少しだけ肩の力が抜けた気がした。


「……ありがとう、おじさん。」


自然とその言葉が口をついて出た。私の中の不安は完全に消えたわけじゃない。でも、少しだけ光が差し込んだような気がした。

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