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【ボブの視点:荒れる街と穏やかな家】


俺は紙袋を片手に抱えながら、三姉妹の家に続く道を急いだ。道中、ピリピリした空気が肌に張りつくようだった。普段はのんびりとしたこの町が、まるで別の場所みたいだ。


道端にはところどころに焼け焦げたゴミ袋や倒れた看板が転がっている。普段なら挨拶を交わす近所の人たちも、今日は目を合わせようともしない。早足で家に向かう人、やたら大きな荷物を抱えた人、そして何かしらのトラブルを避けようと影に隠れるように歩く人。全員が同じ不安と焦りを共有しているのが、いやでもわかった。


少し前の広場で、若い連中が小さな衝突を起こしていたのを思い出す。配給品の順番を巡る口論が、あっという間に取っ組み合いになって、周りの連中がそれをただ見ているだけだった。俺は口を挟むのをやめて、さっさと自分の分を受け取って引き上げた。あの光景を見ていると、怒りよりも虚しさが湧いてきた。こんな状況に追い込まれたのは誰のせいだ? 誰かを責めたところで、俺たちが抱える恐怖や不安が消えるわけじゃない。それでも人は争う。やりきれないもんだ。


そんなことを考えながら足を進めて、やっと三姉妹の家に着いた。静かな玄関を見て、俺は少しだけ息を吐いた。表札も立派なドアも、変わらないままそこにある。荒れた町の中で、ここだけがまだ「普通」を保っているように感じられた。俺は慎重にノックをした。


「コンコン」


少しして扉が開くと、顔を出したのは三女だった。彼女は少し不安そうな表情を浮かべていたが、それでもしっかりとした声で「どうぞ」と言った。小さな体で、大きな混乱を抱え込んでいるのがわかる。それでも、この子なりにしっかりしていようと努めているんだろう。その姿がいじらしくて、俺の胸がちょっとだけ締めつけられるようだった。


「おい、三女ちゃん。元気にしてるか?」俺はできるだけ明るい声でそう言ってみた。


「うん、元気……」と答える声は少し小さく、どこか迷いが混じっていた。


俺は紙袋を軽く持ち上げて見せた。「町でもらった配給品だ。君たちの分も持ってきたからな。」


三女は目を丸くして袋を見つめた後、ふと窓の外に視線を向けた。その横顔には、さっきまで気づかなかった影が落ちていた。そうだ、この子も外の状況をわかっているんだ。俺はそんな彼女を安心させたいと思って、少しだけ屈んで視線を合わせた。


「おいおい、そんな顔するな。大丈夫だよ。俺みたいな年寄りには、あいつらも手を出そうなんて思わないさ。」


三女は一瞬だけ微笑んだけど、それはほんの一瞬だった。俺にはわかる。この子の心の中には、ずっと渦巻いている不安がある。


「でも……外、怖くないの?」彼女は小さな声でそう聞いてきた。その言葉の裏には、きっと「自分たちは大丈夫なの?」という問いが隠れている。


俺は少し考えた。どう答えるべきか。外の状況を隠して「大丈夫だ」と言うのは簡単だ。でも、この子はきっとそれが嘘だと気づいてしまう。だから俺は正直に答えることにした。


「正直言えばな、怖いよ。外は荒れてきてるし、誰もが自分のことで精一杯だ。でもな、君たちの家みたいに、まだ穏やかで安心できる場所もある。それがどれだけ大事なことか、俺は知ってる。だから、君たちはここにいて、この家を守ればいい。それで十分だ。」


三女はじっと俺の目を見ていた。その瞳には不安と少しの安心が混ざり合っていた。


「ありがとう……ボブおじさん。」彼女の声は小さいけど、しっかりとした響きがあった。


俺はそれ以上何も言わず、リビングに入れてもらった。ここは本当に静かで落ち着く。外で見てきた騒ぎとはまるで別世界だ。こんな場所があるだけでも救われる気がする。


椅子に腰を下ろしながら、俺はふと、シェルターで準備をしているらしい姉二人の声に耳を傾けた。この家の中では、それぞれが自分にできることをしようとしている。その健気な姿に、俺は少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。


「なあ、三女ちゃん。」俺はリビングを片付ける彼女に声をかけた。「何かあったらいつでも呼ぶんだぞ。俺がいる限り、君たちのことはちゃんと守るからな。」


三女はふと手を止めて、こくりと頷いた。その仕草に、俺はまた少しだけ安心する。この家に来ると、俺も少しだけ強くなれる気がするんだ。たとえそれがどれだけ脆いものだとしても、今はそれで十分だと思えた。

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