【次女の視点:危機の中の興奮】
長女の問いかけに答えながら、私はふと自分の心が少しだけ弾んでいるのを感じていた。この状況下でそんなことを思う自分が、普通じゃないのはわかっている。でも――それでも私は、この非日常的な緊張感や未知に触れる感覚に、ほんの少し興奮してしまっているのだ。
「72時間以降に外に出られるかどうかって? まあ、理論的には可能だよ。」私は資料に目を落としながら答える。冷静な口調を保っているつもりだけど、言葉の裏で自分が持て余している感情がうっすらと滲むのを、長女に気づかれていないだろうかと少しだけ心配になる。「ただし、その後も空気中の放射能は残ってるし、長時間外にいるのは危険。だから出るなら短時間で済ませるべきだね。」
長女は真剣な表情で私を見つめている。その視線は鋭く、強い責任感がにじんでいる。彼女が全身でこの状況の重みを背負っているのがわかるけれど、それを見ている私の中には、重さとは違う何か――好奇心や冒険心のようなものが湧き上がっているのを感じる。
「外にある物資も、リスクがあるってこと?」長女の質問に、私は資料の端を指先で叩きながら答えた。「そう。爆発が起きた後は、放射性物質が空気中に広がって、雨や風で地面や物に降り積もる。たとえ缶詰みたいな密閉されたものでも、外側に放射性物質が付いてたら触るだけで危険。だから、使う前には徹底的に除染する必要があるんだ。」
私は自分の言葉がどれだけ冷たく響いているか気づいていた。それでも、事実を伝えることが私の役目だと思っている。姉に無理に楽観的なことを言って安心させるつもりはない。それに――正直なところ、こうした説明をしている自分をどこかで楽しんでいる部分がある。
「暴徒のリスクもあるって言ってたけど、それって具体的にはどういうことなの?」長女の声には不安と警戒心が混ざっていた。彼女の真剣さを前に、私は少しだけ口角を上げそうになるのを抑えた。
「簡単だよ。」私は言葉を選びながら答えた。「生き残るために必要なものが手に入らなくなったら、人はどうすると思う? 他人から奪うしかないでしょ。暴力でね。」
私はその言葉を口にしながら、心の中で想像を巡らせていた。混乱の中で暴徒が物資を奪い合う光景――それは恐ろしい現実だけど、私にはどこか映画のワンシーンのように感じられる。その非現実感が、日常では味わえない刺激となって私を高揚させる。
「だから、外に出るときは慎重に動く必要がある。防護服を着て、なるべく目立たないようにして、最小限の時間で必要な物を確保する。そうしないと、物理的なリスクだけじゃなくて、人間そのものが脅威になる。」
長女の眉間にしわが寄る。彼女の中にある恐怖と責任感が、表情から手に取るようにわかる。その一方で、私の中には奇妙な感覚が広がっていく。この緊張感、危険の中での計算と行動――それが私をどこかで興奮させているのだ。
私は資料を閉じ、長女を見た。その瞳の奥には「どうにかしなければ」という決意が揺らいでいる。でも私は、それとは少し違うものを感じていた。この状況を、どれだけ論理的に、合理的に乗り切れるか試してみたいという気持ち。
「まあ、大丈夫だよ。」私は少しだけ軽い調子で言った。「理論上は、やり方次第でなんとかなる。むしろ、今のこの状況をちゃんと分析して行動できれば、生き残る確率は上がる。だから、必要以上に心配する必要はないと思う。」
自分でも、その言葉がどこか嘘っぽいと感じる。けれど、私が話している間だけは、怖さを忘れられる。未知の事態に挑むこの感覚――それが、私にとっては一種のゲームのようにも思えるのだ。もちろん、そのゲームの報酬は命そのものだけど。
長女は私の言葉に小さくうなずきながら、まだ何か考え込んでいるようだった。彼女の目に映る世界はきっと、私の見ているものとは違う。彼女が背負うものの重さを、私は本当の意味では理解していないのかもしれない。でも、それでもいい。私は私のやり方で、私たちの世界を守るつもりだ。
そのためには、私の知識もこの奇妙な高揚感も、すべてをフル活用するしかない。それが私の役割であり、この「非日常」の中で私が生きる方法なのだから。




