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【長女の視点:迫りくる現実】


次女は資料を手に取りながら、淡々と説明を続けていた。冷静さを崩さないその声は、リズムを刻むように一定で、まるで教師が教科書を読み上げているようだった。けれど、その内容がもたらす現実は、あまりにも重く、私の心をじわじわと締めつける。


「核攻撃の到着までのプロセスは簡単に言うとこう。まず、ミサイルが発射されると早ければ数分以内に監視システムが探知する。それから警報が発令され、避難命令が出されるけど――正直、それだけじゃ時間が足りない場合も多い。」


次女は言葉を切り、私を一瞬だけ見た。私が何か言うのを待っているのか、それともただ自分の言葉を飲み込む間を作っているのか。私は何も言えず、彼女の次の言葉を待った。


「到着までの時間は短い。核ミサイルの種類や発射地点によっては15分以下もあり得る。避難所にたどり着く暇もなく、直接被害を受ける人も多いはず。それでも、私たちは今ここにいる。少なくとも、このシェルターにいれば初期の爆風や熱線、初期放射線は防げる。」


その言葉に、私はかすかに息をのむ。目の前の次女は、普段と変わらない表情で話しているけれど、その瞳には微かな疲れの色が浮かんでいるようにも見えた。


「問題は、その後の放射能。爆発から72時間経てば、外に出ることも不可能じゃない。けどね、」次女は資料に目を落とし、続ける。「放射能レベルが完全に下がるには数週間から数カ月、下手すればそれ以上かかる場合もある。72時間というのは、あくまで短時間の行動が許される最低ラインってだけで、安全圏じゃない。」


私は喉元が引き締まるのを感じた。たとえ72時間が経過しても、外の空気は危険だというのか。思わず、次女の言葉の裏にある現実を想像してしまう。もし物資が尽きて外に出る必要があったら――その先に待っているのは?


「外にある物資もリスクだらけ。」次女の声が現実に私を引き戻す。「放射性物質が付着してる可能性が高いし、どれだけ防護服を着ても、完全に安全なんて保証はない。食べ物や水も汚染されてるかもしれない。触れるだけで危険ってこともある。」


次女の指が資料の端を軽く叩く。その仕草がやけに冷たく、遠いものに見えた。私は言葉を飲み込み、彼女の話を聞き続けるしかなかった。


「それに、もし外に出たとしても――暴徒のリスクがある。」


その言葉に、私は思わず眉をひそめた。「暴徒?」


「当然でしょ。」次女は私を一瞥し、平然とした調子で言う。「食べ物や水がない人たちがどうするか、考えてみて。自分が生き延びるためには、他人から奪うしかないって結論に至る人も少なくないはず。だから外に出る時は、そのリスクも考慮しなきゃいけない。」


私は黙り込むしかなかった。外の世界は、物理的な放射線の脅威だけじゃなく、人間の暴力という別の危険も孕んでいる。それを想像するだけで、胃の奥が重くなり、吐き気すら覚える。


「じゃあ、どうしたらいいの?」私はようやく声を振り絞った。自分の声がかすれているのがわかる。


次女は一瞬だけ考え込むように視線を彷徨わせ、それから目を細めた。


「どうするか――現実的に言えば、“慎重に動く”しかない。」彼女の言葉は冷静そのものだったが、その奥には決意のようなものが宿っている。「物資が尽きれば外に出るしかない。その時は、防護服を使って最小限の時間で行動する。そして、可能な限り他者との接触を避ける。それ以外の方法は、今のところない。」


その声には、どこか無力感が混ざっていた。彼女もすべてを解決できる答えを持っているわけじゃない。それでも、持てる知識のすべてを動員して、最善を尽くそうとしている。それが次女のやり方であり、彼女なりの覚悟なのだろう。


私は彼女の言葉を噛みしめながら、手のひらをぎゅっと握りしめた。この現実に直面することがどれだけ恐ろしいか。それでも、私は姉として強くあらなければならない。次女や三女に希望を示すためにも――それが、私の役割だから。


次女の視線が再び資料に戻る。冷徹な計算と分析を続けるその姿を見つめながら、私は心の中でそっと祈った。どうか、このシェルターが私たちの命を守る砦であり続けてくれますように、と。

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