【次女の視点:冷静という鎧の裏側】
「でもさ……なんとかなるんでしょ?」
長女のその問いかけが耳に届いた瞬間、私は指を止めた。目の前に広がるリストは、ただの数字と項目の羅列に見える。必要なもの、足りないもの、どうにかするべきこと――それらが書き込まれた紙には、答えなんてどこにもなかった。
なんとかなる。そんな言葉を私はいつからか信じられなくなっていた。もちろん言えないこともない。「大丈夫、なんとかなるよ」と軽く返すことだってできる。でも、それは現実を知れば知るほど、空虚な響きにしか聞こえなくなる。
「……なんとかするしかない、でしょ。」
私はそう答えていた。声に感情が漏れないよう、注意深く調整しながら。
長女が私をじっと見つめているのがわかる。その視線が不安や恐怖、期待に満ちているのを感じるたび、胸の奥が少しだけ痛んだ。でも、それを表に出すつもりはない。私は冷静でなければならない。
「リストには必要なものを全部書いてあるけど、それでも足りない部分はある。正直なところ、この状況で“完全”なんて無理。けど、現実的に考えてできる限りのことはしたつもり。」
私の声が少しだけ硬く響くのがわかる。感情を排除しようとすればするほど、逆に硬さが表に出る。けれど、私はそのまま続けた。
「食料は一人当たり三週間分を想定してる。カロリー計算もしたし、必要最低限の栄養素も考慮した。水は、日々の飲用と調理用、それから清潔を保つ分も含めて、理論上は1カ月分以上ある。でも、それを超えたら補給が必要になる。そこまで持つかどうかが問題。」
私が話している間、長女はただ静かに頷いていた。その表情には理解があるようで、でもどこかしら焦りが見える。私は少しだけ言葉を選び直して、もう少し具体的な説明を加えた。
「シェルターの構造は悪くない。放射線を遮断するための厚い壁もあるし、通気口にはフィルターを取り付けてる。放射能の粉塵はこの中には入らないようになってるから、ここにいる限りは安心していい。」
そう言いながら、私の頭の中には“フォールアウト”の光景が浮かんでいた。粉塵が静かに地面に降り積もる様子。風が吹くたびにそれが舞い上がり、どこまでも広がっていくイメージ。私たちはその中で生きなければならない。そう考えると、シェルターの安全も一時的なものに思えてくる。
「でも、72時間経てば外に出られるの?」長女の声が遮るように問いかけてきた。
「理屈の上ではね。」私は即答した。「放射線量は時間が経てば徐々に下がる。爆発直後の線量が一番高いから、まずそのピークを超えるまで待つ。72時間が一つの目安だけど、それでも安全とは限らない。短時間の行動ならなんとかなるかもしれないけど、長時間外にいるのはリスクが高い。」
「……つまり、ここでの生活が長引く可能性もあるってこと?」
長女の声には、少しだけ苛立ちが滲んでいた。それを聞いた瞬間、私は胸の奥で何かがちくりと刺さるのを感じた。彼女の苛立ちは、私が持つ不安と似ている。彼女はそれを表に出し、私はそれを隠している。それだけの違い。
「そういうことになるね。」私は努めて冷静な声で答えた。「けど、そのための準備はできる限りしてる。状況に合わせて柔軟に動くしかない。」
冷たい響きに聞こえただろうか。長女は少し黙り込んだ。その間、私は手元のリストに目を落とし、数値や項目を再確認した。どれだけ確認しても、どこかに穴があるような気がしてならない。
「私たち、本当に生き延びられるのかな……。」
不意に長女が呟いたその言葉に、私は手を止めた。その声は小さかったけれど、私の耳にははっきりと届いた。答えるべき言葉は何も浮かばなかった。
「生き延びるために、やるしかない。」
気づけば、私はそう答えていた。言葉が口をついて出るのと同時に、自分でもその言葉を自分に向けているような気がした。やるしかない――それ以外の選択肢なんてない。
冷静という鎧を身にまとい、私は再びリストに視線を戻した。でも、その鎧の内側では、恐怖や不安が渦巻いていた。長女の問いかけに明確な答えを出せなかった自分が、どこかで悔しかった。でも、それを認めるわけにはいかない。私は、少なくとも表面上は冷静でいなければならないのだから。
ただひとつ確信しているのは、この場所で私たちが生き延びられるかどうかは、今している準備にかかっているということ。そして、その準備を誰かが進めなければならない。それが私の役割だ――たとえそれがどれだけ苦しいものであったとしても。




