今日は私が:三女の視点
包丁を握る次女の手元に視線を落としながら、つい口を挟んでしまう。
「ダメ!包丁は危ないんだから、ふざけちゃだめだよ。」
そう言った瞬間、自分が少し大人びた声を出しているのに気づいて、胸が少し誇らしくなる。いつもは次女に教えてもらうばかりなのに、今日は私が教える番だなんて、なんだかお姉ちゃんみたいだ。
「猫の手、猫の手!」と指摘しながら次女の指の形を直してあげる。彼女の指は私よりも少し大きくてしっかりしているけど、包丁を扱うのにはまだぎこちないみたい。さっきも、人参の切り口がぐにゃぐにゃになっていて、「これは煮込んでもおいしく見えないな」と思ってしまった。
「こうやってね、刃をちゃんとまっすぐ下ろすの。」私が実演してみせると、次女は「ふむ」とかなんとか言いながら、あまり真剣に見ていないように見える。それでも少しずつコツを掴んだのか、さっきよりも切り口がましになってきた。
「ほら、だいぶ上手になったじゃない!」
そう褒めると、次女はなんとなく気恥ずかしそうに視線をそらした。でも、内心ではちょっと嬉しそうなのがわかる。そういう素直じゃないところも、彼女らしい。
切った野菜をボウルに移す作業が終わると、次は盛り付けだ。これは私の得意分野。
「じゃあ、盛り付けは私がやるね!」
私はまな板の上に残った野菜を丁寧に並べて、料理にする前の段階でも少しでも美しく見えるように工夫する。色とりどりの人参やきゅうりを一枚ずつ、形を揃えて皿に並べる。赤やオレンジ、緑がきれいに調和するのを見ると、なんだか気分が上がる。次女が「食べるものにそこまでこだわる必要ある?」なんて言いながら横で見ているけれど、私は気にしない。
盛り付けが終わると、私はその皿をリビングへ運び、テーブルの上に置く。食卓が明るくなるように、並べ方にも少し気を使った。これなら長女もきっと喜んでくれる。
ふと、包丁を片付けている次女の後ろ姿を見る。今日の彼女は普段より少しおとなしいというか、素直な感じがする。いつもは次女が「私に任せて」とリードしてくれるけれど、今日は私がその役割を果たしているんだと思うと、胸がじんわりと温かくなる。
「あのね、次女。」私はそっと彼女に近寄って言った。「今日は私が教えられて、なんだかお姉ちゃんになったみたいで嬉しい。」
次女は一瞬驚いた顔をして、それから「そう?」と短く答えた。そのそっけない反応に、私はくすっと笑ってしまう。
このまま朝ごはんを食べたら、今日は何をしようか。何気ない日常の一瞬だけど、こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに、と願わずにはいられない。




