次女の視点:信念は譲らない
部屋に戻る途中、無意識に鼻から小さく息を吐いた。笑ったせいで気が緩んだのか、ふわっとした空気が胸に残っている。あの長女の真剣な顔を思い出して、自然と口元が緩む。
「まったく、ほんとに不器用なんだから。」
彼女の言葉はいつだってストレートで、真っ向から自分の信念をぶつけてくる。それがたまに鬱陶しくて仕方がないけれど、今夜の彼女の宣言は、妙に愛おしく思えた。
「お姉ちゃんだから。」――なんて、らしいにもほどがある。言ってる本人は至って真面目なんだろうけど、守る側にいることが彼女にとってどれだけ重荷か、私にはわかる。正義感に燃えた彼女の背中に、その荷物がどれほど重たくのしかかっているのかも。
ドアを閉め、いつものようにカチリと鍵をかけると、小さな溜息をつきながら部屋のベッドに腰を下ろした。外の音を遮断すると、部屋はまるで違う世界みたいに静かになる。この静寂が心地よい。
それでも、長女のあの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
「あなたが助けに行くなら、私はあなたとその子を助けるわ。」
あの人らしい。本当に。
自分が犠牲になろうと、絶対に他人を見捨てない。それが長女の「正しさ」だ。でも私は、たとえどんなに高潔に見える理想だろうと、現実にそぐわないなら切り捨てるべきだと思っている。どちらが正しいかなんて、結局のところその場になってみないとわからない。ただ一つだけ確かなのは、私は私の信じる道を行く。 そして、誰かにそれを邪魔されるのも、ねじ曲げられるのもまっぴらごめんだ。
長女の「お姉ちゃんだから」という言葉には、正直なところ腹が立たないわけじゃない。あれは彼女の信念が、私の信念を上回るとでも言いたいように聞こえたからだ。 でも、それでも腹の底から怒る気にはなれなかった。あの人が不器用すぎるのは、彼女が本気でそう信じているからだってわかっているから。
あの真面目で一途なところが可愛いと思ってしまうのは、私の弱さだろうか? そう思いながらも、口元がまた緩んでしまう。私はもう少し賢く、柔軟に生きていきたい。だからこそ、彼女のように不器用に生きる人を見ると、つい笑ってしまうのかもしれない。
もちろん、それがどれだけ美しいかも知っている。たとえ現実がどうあれ、理想を捨てない彼女の姿には、少し嫉妬すら感じる。私は、そこまで理想にすがることができないから。
「……でも、譲るつもりはないよ。」
ぽつりと、自分に向けて呟く。長女がどんなに言葉を重ねても、私は私の道を進む。それが正しいかどうかなんて、誰にも決められない。自分の信じる現実を、誰かに否定されるくらいなら、私はどこまでも戦う。
それに――。
もし、本当にあの場面になったとしたら? 泣いている子供を助けるために、長女が無茶をするのなら?
きっと、私は彼女の言う通り、彼女ごと助けるしかないんだろう。そんな自分が嫌になるけれど、それが姉妹というものだと思う。理想と現実がぶつかって、互いに苛立ちながらも、結局は一緒に進むしかない。
「……変な姉ちゃん。」
ベッドに倒れ込んで、天井をじっと見つめる。心のどこかで苛立ちが残っているけれど、それよりも疲労感の方が勝っていた。今日も、結局いつも通りの私たちだった。ぶつかり合って、疲れて、でも最後には一緒にいる。
それでいいんだろうか? そんな疑問が浮かんだが、すぐに押し流す。少なくとも今は、それで十分だと思いたい。長女と三女、そして私。それぞれが自分の信じるものを抱えて、今日もこの夜を越えていく。それが私たちのやり方なのだ。
明日は、少しでもマシな日になるだろうか? いや、きっとまたぶつかるに違いない。それでも、私は私でいる。そうやって、私たちはここにいる。




