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長女の視点:苛立ちと自己嫌悪の狭間で


キッチンに入ると、三女が台の上で小さな手をせわしなく動かしていた。包丁を握り、慣れた手つきで野菜を刻んでいるのが見える。音は小さく、静かな部屋にまるで申し訳なさそうに響いていた。彼女の後ろ姿は、いつもより少し小さく見えた。


「手伝うよ。」

そう声をかけて、横に立つ。三女はほんの少しこちらを見上げて、かすかに微笑む。いつもの柔らかい笑顔だけど、どこか無理をしているのが分かった。


包丁を握ると、切り口がわずかにぶれているのに気づいて、さらに苛立ちが募る。こんなに簡単な作業すら、まともにできない自分が情けなくて仕方がない。心が乱れると、手も乱れる。


「……あの子、何考えてるんだろう。」

次女のことが頭から離れない。あの冷静な目、あの言葉。「現実を見ろ、見捨てるべきだ」なんて——まるで、私が何も考えていないみたいに。


私はただ正しいことをしようとしているだけだ。みんなを助けられるように、準備だってしてきた。でも、それがどうして間違いだなんて言われなきゃいけないの?助け合わなきゃいけないときに、見捨てることが正しいなんて、そんなことあるわけない。


苛立ちを野菜にぶつけるように、包丁を強く振り下ろす。トントン、と小気味よい音が鳴るたび、少しでもこの気持ちを落ち着かせたいのに、逆効果だった。切り口が不揃いで、それがまた神経に触る。三女がこっそりと横目で私をうかがっているのに気づいたけど、何も言えなかった。


自分が抑えられない苛立ちが、さらに苛立ちを呼ぶ。 どうして私は、こうも感情をコントロールできないんだろう。


三女は、何も言わずに横で作業を続けている。その小さな姿が愛おしくて、守ってあげなきゃいけないと思うのに、それなのに今は自分の苛立ちに振り回されているだけだ。次女との言い争いで、私がこうなってしまうことも、さらに自分を追い込む。こんな自分じゃ、誰も守れないじゃないか。


「……切り方、ちょっと雑だね。」

三女がそう言って、軽く笑った。その言葉に救われるような気持ちと、恥ずかしさが入り混じって、私はごまかすようにため息をつく。


「ごめん。今日は調子悪いみたい。」

言い訳するようにそう言って、自分でも呆れる。調子が悪いのは、ただ私が苛立ちに振り回されているだけだ。でも、そうでも言わないと、気持ちが持たない気がした。


「……大丈夫だよ。」

三女の声は小さくて、けれど不思議とまっすぐだった。その言葉が胸にじんと響く。三女は私の苛立ちを責めないし、次女のように現実を突きつけてもこない。ただ、ここにいて、私を支えようとしている。


「ありがとう。」

私はそう言うと、彼女の隣で手を動かし続けた。心は乱れたままだったけど、少なくとも彼女の小さな背中が、ほんの少しだけ私を落ち着かせてくれた気がした。


でも、次女の言葉が頭から消えることはなかった。

「……見捨てるべきだ。」


私が理想を追い求めることで、次女や三女を危険にさらしてしまうのだろうか? もしそうなら、私は一体どうしたらいいんだろう?


答えの見えない問いが心の奥でうごめく。そのたびに、包丁を握る手に力が入った。切った野菜が散らばる様子を眺めながら、どうにかして自分の気持ちを整理しようとするけれど、それも叶わない。


私はただ、次女に認めてもらいたい。自分のやり方が正しいと、間違っていないと証明したい。でも、そのために姉妹を危険にさらしてしまうなら、私の理想は一体何のためにあるんだろう?


私は、ただみんなを守りたいだけなのに。

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