次女の視点:冷徹な現実と崩れたバランス
「もし私たちがここにいたらどうする?泣いてる子がいて、私たちは逃げてて。助けたら間に合わない状況。」
自分で口にしたその問いは、淡々とした響きを持ちながら、部屋の中に冷たい刃を振り下ろしたようだった。何も答えない長女の顔を見つめながら、私は思考の歯車をひたすら回していた。暴動の映像が映し出す無秩序の世界。それがどれほど残酷で、無慈悲で、合理性とは無縁のものか――私はそのことを理解していた。だからこの問いを投げかけた。
長女が小さく息を吸い込み、硬い表情を浮かべて私に向き直った。彼女の目には決意が宿っている。「助ける」と言う気だ。どうせそうだろう。理想主義者の彼女は、自分が信じる『正しさ』を曲げることなどできない。私はそれを見越していた。
案の定、長女の口から出てきたのはこうだった。
「両方助けるよ。」
その瞬間、私はため息をつき、眉間にシワを寄せた。想像していた通りだ。何度も繰り返される彼女の理想。けれど、今この瞬間も誰かの家が燃え、誰かの命が奪われているというのに、彼女はそんな非現実的な解決策を掲げようとする。
「現実を見てよ、見捨てるべきでしょう。」
私は言葉を選ぶことなく、冷静に断じた。
「でも、泣いてるあの子がそこにいるんだよ。」
三女のか細い声が耳に届く。ソファに丸まって怯えていた彼女が、勇気を振り絞って絞り出した言葉だ。画面の中で泣きじゃくる子供――三女と同じくらいの年頃の子が、混乱の中で母親とはぐれ、路上に座り込んでいた。
「だからって――」
言いかけた私の言葉は、長女の苛立った声に遮られた。「助けたいなら助けるべきだよ!」彼女の声はいつもより少し上ずっている。三女の心を守りたいという気持ちと、暴動の現実との板挟みの中で、彼女もまた葛藤しているのだろう。
「でも、それで間に合わなくなるかもしれないんだよ?」私は冷静に、でも容赦なく言い返した。
「そんなの、関係ないよ! その子を置いて行くなんてできない!」
長女の言葉はまっすぐで、力があった。だが、その力強さが私には浅はかに思えた。彼女は正しさに縛られている。私は理想なんかじゃなく、現実の重みを見ている。言葉は譲らない。お互いに。
「結局、あの子を助けるかどうかで、私たちの命も変わるんだよ!」
長女は食い下がる。彼女の声が私の思考を乱すように響いていた。けれども、私にはわかっている。助けようとすることは尊い。でも、犠牲を伴う。それを受け入れられるかどうかが問題なんだ。
しばしの沈黙。三女は静かに涙をこらえているように見えた。画面の中の子供も、ここにいる三女も、どちらも助けたい――その気持ちはわかる。でも、その感情は脆くて危ういものだ。感情に流されることで、命を賭けた決断を誤ることだってあるのだから。
私は、自分の信念が揺るがないことを確認するように一度息を吐いた。
「……じゃあ、そうなったら私が助けに行くよ。」
そう言い切ると、自分の心の中に冷たい水が落ちたようだった。ああ、これでいい。私が助けに行けばいい。姉たちはそれで助かるかもしれない。それで物事は理にかなう。
長女は明らかに苛立っていた。眉が険しく寄せられ、強く握りしめた拳がわずかに震えているのがわかる。「助けたら、間に合わないんでしょ?」彼女は私を睨みつけ、声を張り上げた。
「だからだよ。」
私の言葉が静かに響く。その意味を、彼女は一瞬理解できないようだった。言葉を繰り返して、考え込んでいるように見えた。その間、私は無表情を保ったまま、ただ彼女を見つめ返す。
理想ではなく、感情でもなく、ただ合理性の中で決断する。それが私のやり方だ。もしその場にいたら、私は迷わず子供を助けに行くだろう。そうすることで、姉たちが逃げ延びられる可能性が上がるからだ。どちらも助けようとする彼女のやり方では、結局全員が危険にさらされる。それなら、最善の選択は、私が犠牲になることだ。
長女は黙り込んだまま、苦しそうに唇を噛んでいた。彼女の中で何かが揺れているのがわかる。それでも私は目を逸らさない。私が最後に言ったその言葉は、長女の心に届いただろうか。それはわからない。でも、それでいい。私は現実の中で生き抜く方法を見つけるだけだ。




