緊張感 次女の視点
街に足を踏み入れた途端、空気が違うことに気付いた。ざわついているようで、静かすぎる。店先には人が集まり、誰もが新聞をじっと睨んでいる。その目には恐れや疑念が浮かんでいて、何か重大なことが隠されているという気配を感じる。大人たちは何かを知っている――でも、それを私たちには話してくれない。耳を澄まし、視線を走らせながら情報を探る。私が必要としているのは、この状況を乗り越えるためのわずかなヒントだ。何か決定的なものが得られれば、私はそれを手がかりに、すぐにでも計画を立てることができる。
怒鳴り声が、遠くで聞こえた。背中がピクリと反応する。何か起きたのだろうか?物資が不足していることに対しての苛立ちか、それとも別の原因があるのか?耳を澄ますと、やはり食料や日用品が足りないことに対する不満が原因のようだ。通りの向こうでは、いくつかの店がシャッターを下ろしていて、商品棚もほとんど空っぽだった。すでに目立たない形で、何かが崩れ始めているのかもしれない。
ちらりと、大人たちが読んでいる新聞に目を走らせる。そこには期待していたような情報は載っていなかった。戦争の危機についても、物資不足についても、曖昧な表現ばかりが並んでいる。政府が何かを隠しているのか、それとも単に情報が追いついていないだけなのか。どちらにしても、この状況であの新聞を頼りにするのは無意味だと感じる。私たちが知りたいことは書かれていないし、書かれることもないだろう。
長女は私たちを気にしながら、慎重に店を回っている。三女は不安そうに彼女の後をついて歩いているが、私は彼女たちに気づかれないように考えを巡らせる。あまり長居をしない方がいいのだろうか。人々の様子を見ていると、街全体がどこか危険な雰囲気を帯びている。店内では険しい顔つきの人々が少ない商品に群がっている。時折、声を荒らげて口論する姿が目に入る。状況が悪化すれば、私たちも巻き込まれるかもしれない。ここにいるのは危険だ。
周囲をもう一度見回す。長居はしない方が良いのかもしれない。この街には、今いる場所には、私たちが知るべきことが隠されている。でもそれを知るには、この場は危険すぎる。もし何かが起こるとしたら――そう考えた瞬間、無意識のうちに私は避難経路を頭の中でシミュレーションし始めていた。あの通りを抜けて、あの路地裏を通れば、安全に裏道を使ってバス停に戻れる。もし急に逃げなければならないときは、あの建物の裏手を通るのがいいだろう。もしかしたら、バスを使うよりも徒歩の方が安全かもしれない。うちの近くまではバスで30分ほどだが、いざという時は歩いても戻れるだろう。もしも今すぐ何かが起こって、バスが使えなくなったら?そうなった時のために、どの道を通るべきか、どこを避けるべきか、頭の中でルートを練り直す。あの通りを抜ければ、街を最短で抜けられる。もし混乱が始まってしまえば、大きな道はすぐに通行不能になるかもしれない。いざというときに備えて、私はいつも頭の中でこうしてルートを組み立てる。最悪の事態が起こる前に、どんな道を進むのが一番効率的か、それを考えることが私にとっての安心材料だった。裏道を使って安全に逃げる方法を考えなければ。私は普段からこうやって、常に最悪の状況を想定している。
「…そろそろ戻ろうか?」私は心の中で呟いた。必要な物資を集めるために街に出てきたが、このままでは危険な状態になりかねない。何かが起こる前に早めに切り上げた方がいいかもしれない。私たちの家まではまだ時間がある。バスが動いているうちに戻らなければ。万が一の事態に備えて、私はできるだけ早く行動するつもりだ。
「ねえ、もう少ししたら帰ろうよ」と、さりげなく長女に声をかける。彼女は私の提案に一瞬考えるような表情を見せたが、すぐに頷いた。危機が近づいていることは、彼女も感じ取っているはずだ。




