みんないつもと違う。 三女の視点
青空の下、三人でバス停に向かう。空気は澄んでいるけれど、なんとなく胸の奥が重たくて息苦しい感じがした。遠くの方でボブおじさんと息子のジョージが大きな声で口論しているのが見えた。いつも穏やかなボブおじさんが、あんな風に怒っているのを見るのは珍しくて、なんだか余計に怖くなった。二人のやりとりが、私たちの日常が壊れていく音のように感じる。まるで、その声がこの街全体に響いているかのようで、逃げたくなった。
私のすぐ隣で長女が、「急ぎなさい」といつもの優しいけれどちょっと厳しい声をかけてくる。彼女の背中が少し固くて、私を守ろうとしているのがわかる。だからこそ、私は黙って彼女についていくけれど、心の中は不安でいっぱいだった。足を引きずりそうになるくらい、この静けさが怖くてたまらない。
その一方で、次女は少し後ろに下がって、ボブおじさんとジョージを険しい眼でじっと見つめている。彼女は、何かを探ろうとしているようだ。何か見えないものを解明しようとしているかのような視線に、私はますます心がざわめく。まるで、彼女だけがその場にいて、私たちとは別の世界にいるような感じさえした。次女はいつもどこか冷静で、大人びている。それが普段は安心になるけれど、今はその冷静さが、何か恐ろしいものを予感しているようで、逆に不安を掻き立てる。
「ねえ、早く行こうよ」と私は心の中で何度も叫びたかった。でも、声に出せなくて、ただ足を速めて、バス停へ向かうしかなかった。何か、見ない方がいいことが起きている気がして、怖かったんだ。後ろを振り返る勇気もなく、ただ前を見て、長女の背中を追いかける。
バス停に着いても、バスはなかなか来なかった。静かすぎる。周りに人の気配がなくて、バス停に佇んでいる私たち三人の呼吸音だけが、どこか遠くから響いているように感じる。まるで、街全体が息を潜めているみたいで、その静けさが余計に私を押しつぶしそうだった。
「大丈夫、すぐに来るよ」と、私は自分に言い聞かせる。バスは来る。ちゃんと、いつも通りに動いているんだ、と。そう思おうとするけれど、心の中には嫌な予感がずっと消えなかった。バスが遅れているのは、きっといつものことだ、と自分に言い聞かせる。そうしなければ、この沈黙がもっと大きく感じてしまいそうで、耐えられなくなりそうだった。
やっと、バスが遠くから姿を現した。音が近づいてくるのが聞こえて、少しだけ心がほっとする。バスが私たちの前に停まる音、ドアが開く音――そのすべてが、日常の一部として頭に刻まれている。だけど、その音が今はどこか遠く感じられるのが不思議だった。
バスの中に足を踏み入れると、いつもは座っている人々の姿が見当たらない。だれもいない。シートがずらりと並んでいるだけの空間が、どこか冷たく感じられて、私は一瞬足を止めた。長女は何も言わずに、私の肩を軽く押して、席を選ぶよう促してくる。私たちは、三人で並んで座った。私は三女だから、真ん中に座る。隣の姉たちの存在を感じると、少しだけ心が落ち着くけれど、それでも何かが私の胸をざわつかせる。
「こんなに遅れて、しかも誰もいないなんて…」私は心の中でつぶやくけれど、口には出せなかった。次女が考え込むように窓の外をじっと見つめている姿を見て、また不安が押し寄せてくる。彼女が何かを考えているときは、いつも何か悪いことが起こる気がする。だけど、今は長女の存在が私の隣にあることが救いだった。
車内の静けさが、まるで世界全体の沈黙を象徴しているように感じられる。どこか遠くで、何かが大きく変わっていく。私たちはその流れに逆らっていないのかもしれない。でも、今はただ、静かにこの瞬間を受け入れるしかなかった。バスの中は、あまりにも静かで、まるで時間が止まっているかのような気さえした。




