静かな朝(3)長女の視点
焼きたてのパンケーキの甘い香りが、キッチン中に漂っている。三女がひとりで頑張って焼いたパンケーキを前に、私は何枚かお皿に取った。そのふわふわの生地をフォークで切り分け、口に運ぶと、優しい甘みが広がって心がほっとする。だけど、その一口を噛みしめながらも、私の頭の中はまったく別のことでいっぱいだった。
「備蓄…」心の中で反芻する。シェルターの食料はどうだろう。これからどれだけの物資が必要になるのか。私たちの家族は、特に私たち姉妹は、自給自足で生きていくしかない。この状況がいつまで続くかわからないから、いかに効率よく備蓄しておくかが鍵だ。冷蔵庫の奥には何が残っているのか、缶詰や乾燥食品はどれだけあるのか、何が足りなくなりそうか、頭の中で一つずつチェックをしていく。計算していくうちに、思わずため息が漏れた。
「どうしたの、長女?」三女の声が聞こえる。彼女は自分の分のパンケーキを目の前にして、無邪気な笑顔を見せていたが、その瞳の奥にはいつもの明るさが少し薄れているように感じる。彼女の様子を見ると、私も心配になった。最近の静けさ、報道の曖昧さ、それにともなう不安が、彼女にも影響を与えているのだろうか。
「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ。」私は軽く笑ってみせる。そうすることで、彼女が少しでも安心できるなら、それが一番いい。私は姉だから、彼女たちに安心感を与えなければならない。
次女が座っているテーブルの向こう側で、彼女は最近のニュースについて小さくつぶやいている。いつもは情熱的で饒舌な彼女の口調が、今日はどこか静かだ。まるで自問自答を繰り返しているようで、普段の元気な様子が消えているように感じられた。彼女もまた、何かを感じ取っているのだろうか。静けさの中で、何かが彼女を不安にさせている。
「報道が変だと思わない?何かを隠している感じがする。」彼女の言葉は、自分が感じている不安をそのまま表現しているようだった。しかし、その声のトーンには、熱意が足りない。いつもなら、彼女はもっと積極的に意見を述べるはずだ。自分の知識を元に、事実を突き詰めるような熱気に満ちた口調が、今日はまるで失われているかのようだった。
その時、遠くで車のドアが乱暴に閉まる音が聞こえた。いつもなら気にしない音なのに、今日はその一瞬で私たちの間に緊張感が走った。どこかで聞き覚えのある音だが、その裏に潜む緊張感が私の心をざわつかせる。私たちが敏感になっているのかもしれない。静けさが、まるで周囲の空気を凍らせているような気がする。
「ねえ、町に行こうと思うんだけど、物資が足りないかもしれない。」その一言を口に出すと、妹たちの反応を待った。私の提案に、少しでも反応があることを期待していた。もし町へ行くことができれば、何か手に入るかもしれない。近隣の農家や市場で、何かが見つかるかもしれない。私たちの未来を守るためには、どんな手段でも講じなければならない。
「え、ほんとうに?」次女が驚いたように顔を上げる。普段の彼女なら、即座に反論したり、理由を並べ立てたりするはずなのに、今日は様子が違った。何かが彼女の心に引っかかっている。三女も不安そうな顔をしていた。私たちがこの家を守り続けるためには、今、行動するしかないと私は思う。
「そう、行こう。できるだけ早く帰ってくるから。」私は優しく声をかけた。彼女たちに不安を与えないように、穏やかに振る舞う。二人の目を見つめ、私の気持ちを伝えようとした。「大丈夫だよ。私たちは一緒にいるから。」
その瞬間、私の心の中にある小さな恐れが少し和らいだような気がした。私たちは家族だ。どんなことがあっても、私たちは支え合って生きていく。そんな風に、自分に言い聞かせることで、少しでも安心感を得ることができる。この静けさの中でも、私たちの絆は揺るがない。
それでも、やっぱり何かが気になる。近くの町に行って、何かを見つけられるかもしれない。それに、最近の異変について知るための一歩としても、町への旅は必要だと思う。私は心を決めて、妹たちに微笑みかけた。「行こう、みんなで行くよ。」




