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静かな朝(2)次女の視点


テレビ画面の中で、ニュースキャスターがまた無表情に何かを話している。白いテーブルの上に置かれたノートに、私は無意識にペンを走らせながら、彼の口から出る言葉をじっと聞いていた。最近、この報道の内容が妙に曖昧だ。数字も具体例も、前よりも少なくなっているし、ニュースの時間自体もどんどん短くなっている気がする。以前はこんな風じゃなかったはずだ。事実が伝えられていた、少なくとももっとはっきりと。


「北部での情勢は依然として緊迫していますが、政府は現在も対応を検討中です。落ち着いた行動を心がけてください…」ニュースキャスターはそんな無機質な言葉を並べている。まるで、あらかじめ決められた原稿を読み上げているだけ。表情にも感情がない。いつも同じトーンで、同じように淡々と話し続ける。


これで何を知れというんだ?具体的な行動指針もなければ、正確な状況すらつかめない。どうにも気持ちが悪い。いや、それ以上に腹立たしい。彼らは何かを隠している。そう感じざるを得ない。あの薄っぺらい報道の中には、真実が埋もれているはずなのに、それを引っ張り出す手段がない。


手元のノートにメモを書き込みながら、私は思わずテレビに向かって舌打ちをした。ニュースの一部始終を追っていても、これまでの情報と比べて、何かが抜け落ちているのがはっきりとわかる。これでは、私が知りたい情報のほんの一部しか得られない。


報道の内容が曖昧になり始めたのは、ここ数週間のことだ。最初は、詳細な地図や戦闘の進行状況、地域ごとの被害状況が報じられていた。危機は間近だとわかっていたから、どの情報も無駄にしないように頭に叩き込んでいた。何かが起きる。そう確信していたし、それに備えるための準備も着実に進めてきた。しかし、最近はその具体的な内容がぼんやりとしたものばかりになり、正確な情報はまったく提供されなくなった。


ニュースの時間自体も短くなっている。かつては一つの話題に時間を割いていたが、今はやたらとテンポが早く、すぐに別の話題へと移ってしまう。その切り替え方も不自然で、まるで本当の状況を隠すために意図的に話をずらしているように感じる。いや、たぶんそうだろう。何か大きなことが進行している。でも、それをあえて表に出していない。そんな違和感が、じわじわと私の中に広がっていく。


「何か隠してる…」小さく呟くと、長女がこちらを振り返った。彼女も同じようにテレビを見ていたが、その表情は硬い。私が感じているものと同じ不安を、彼女も感じ取っているようだ。彼女はいつだって冷静で、感情をあまり表に出さないけれど、こういう時の小さな仕草でわかる。彼女の指が少しだけ震えている。


そして、三女もまた、何かを感じているんだろう。彼女はキッチンでパンケーキを焼いているけど、その手つきが少しぎこちない。普段なら、もっと楽しそうに料理をしているはずなのに、今日は違う。彼女もきっと、この家の中に漂う奇妙な緊張感を感じ取っているに違いない。


外の静けさも気になる。いつもなら、通りを走る車の音や、近所の犬の鳴き声が聞こえてくるはずだ。でも今日は、まるで世界から音が消えたみたいに、静かすぎる。ここ数日、この街全体が少しずつ息を潜めるように静まり返っているのを感じていた。何かが、確実に動いている。それが何なのかはわからないけれど、今まで感じたことのない種類の静けさだ。


「近いうちに何か起きるかもしれない…」心の中でそんな予感がどんどん大きくなる。この静けさがただの偶然だとは思えない。ニュースの内容も含めて、全てが何かの前触れなんだ。私はこの状況に備える必要がある。知識も、物資も。手元のノートを見下ろし、必要な情報を整理し直す。私の知識がある限り、この家を守れるはずだ。


何が起きるかはわからない。でも、それに備えるための時間は限られているはずだ。長女も三女も、それぞれの方法でこの違和感に気づいている。でも、私だけは冷静でいなければならない。彼女たちを守るのは私の役目だ。科学的な事実や知識を元に、正確に行動しなければいけない。感情に流されてはダメだ。私が感情的になるわけにはいかない。そう決めている。


「今できることは…」私は自分にそう言い聞かせて、もう一度ノートに視線を戻した。これまでの報道をもとに、今後起こりうる事態を予測する。物資は足りているか、シェルターは本当に安全か、避難ルートの確認も再度行う必要がある。すでに頭の中ではシミュレーションが何度も繰り返されているけれど、何度確認しても不安が残る。


この状況での唯一の安心材料は、私の知識だ。科学的な知識、論理的な思考、それらはどんな不安をも凌駕する武器になる。冷静に、着実に。そうすれば、この先何が起きても、きっと乗り越えられるはずだ。

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