薬膳料理(6)ボブの視点
ボブおじさんの一人称視点:冷蔵庫の前で
冷蔵庫の扉を開けた瞬間、あいつが目に入る。透明なプラスチック容器の中で、スープが怪しい光を放って揺れている。クコの実、根菜、よくわからん葉っぱ……長女ちゃんの手にかかると、ただの野菜も何か呪文の材料みたいに見えてくるんだから不思議なもんだ。
「また来たか……」
思わず独り言が漏れる。
「何が?」
ヘレンが背後からのんびりした声をかけてきた。彼女は柔らかい微笑みを浮かべて、手には洗濯物が乗ったバスケットを抱えている。
「長女ちゃんの薬膳スープだよ。また持ってきてくれた」
そう言って容器を軽く持ち上げて見せると、ヘレンは目を細めてにっこり笑った。
「あら、またわざわざ? ありがたいわねえ」
冷蔵庫の隅にスープをしまうと、彼女はそのままバスケットを抱えたまま言葉を続ける。
「この前のスープも、身体がぽかぽかしたから、悪くなかったと思うわよ?」
――ヘレンは本当に心が広い。いや、味覚が大らかすぎるだけかもしれない。
「悪くはない、か……」
俺はため息をつきながら、冷蔵庫の中にギュッと押し込んだスープの容器を見つめた。味は……うん、効果は確かにある。あれを飲んだ後は不思議なくらい体が軽くなる。だが、問題は味だ。スープなのに、なぜか「飲む」っていうより「耐える」って感覚になるんだよな。
その時、奥の部屋からジョージが顔を出した。
「何してんの?」
「お前の好きなスープが来たぞ」
そう言うと、俺は冷蔵庫の扉を開け、スープを指差して見せた。
ジョージはそれを一瞥し、心底嫌そうな顔をする。
「あー……またか。あれ、ガチで効くんだけどさ……味がなぁ」
「まあまあ、そんなこと言わないの。三女ちゃんはあれを美味しいって喜んで飲んでるんだから」
ヘレンが柔らかい声でたしなめる。
「三女ちゃんは絶対に味覚がおかしいよ。あの子、笑顔で『おいしい!』って言うけど、あれは嘘だよ」
ジョージはソファにどさりと座り込んで、腕を組む。
「お前、あの姉妹の優しさをそんな風に言うんじゃないよ」
俺はジョージの頭を軽く叩いた。
「健康にいいってのは間違いないんだし、うちに持ってきてくれるのはありがたいんだ。なあ、ヘレン?」
「ええ。長女ちゃんの心がこもってるもの、味なんてどうでもいいわ」
ヘレンは朗らかに笑うが、その言葉にちょっとしたズレを感じる。――味は大事だろう、普通。
ジョージが嘆息しながら言う。
「でもさぁ……次はお肉の入ったやつとか、もっと普通の料理がいいなぁ。長女ちゃんにさりげなくリクエストしたら?」
「お前が言えばいいだろ」
俺は肩をすくめる。
「無理無理。あの姉妹の長女には、あんまり正直なこと言えないんだよ。怖いじゃん」
ヘレンがくすくす笑う。
「あら、ジョージもまだまだ子どもねえ。優しいお姉ちゃんよ?」
俺も思わず笑いながら、冷蔵庫の扉を静かに閉じた。スープは明日までそこで待っててもらうことにしよう。ヘレンの言う通り、あの姉妹がこうして気にかけてくれるのはありがたいことだ。それに、あのスープを飲むと本当に体調が良くなるのも事実だ。
「さて……」
俺は冷蔵庫を軽く叩きながら、次の言葉を口にする。
「次の雨の日まで取っておくとするか。あれは天気が悪い日に飲むと、ちょうど良いもんだ」
ヘレンは微笑み、ジョージは半ば呆れたように首を振る。それでも、三人の間にはどこか温かな空気が漂っていた。
――まあ、長女ちゃんの気持ちを無駄にするわけにはいかない。次にみんなで勇気を出して、一緒にあの「魔法のスープ」をいただくことにしよう。
そして俺たちは、その時まで、この奇妙なプレゼントを冷蔵庫の奥にそっとしまっておくのだった。




