薬膳料理(4)次女の視点
皿の中に広がる沼
テーブルの上に、静かに置かれたスープ皿。その中には――沼がある。いや、正確には長女特製の「薬膳スープ」なのだが、見た目と言い匂いと言い、もはや沼と呼ぶほかない。
まず、色だ。くすんだ緑と茶色の境界が曖昧で、スープの表面に漂うほうれん草の繊維が、まるで水草のように揺れている。中にはクコの実がぽつんぽつんと浮かんでいるが、それがちょっとした沼の生物に見えてきて、なんとも不穏な雰囲気を漂わせている。箸でかき混ぜると、底の方から沈んでいた何か――たぶん干しシイタケか生姜か――が浮かび上がり、スープ全体にさらなる「深み」が加わる。なんだこれ、怪物でも出てきそうな勢いじゃないか。
「今日は体を温める薬膳料理にしたの。」
長女が微笑みながらそう言った。ああ、その誇らしげな顔。彼女の自信作にケチをつけるのは忍びないが、私はスプーンを手に取るのをためらった。
「さ、召し上がれ。」
まるで魔法使いの儀式のように言われたが、私は内心でため息をつく。このスープ、効能が高すぎるんだ。確かに体には良いし、食べると妙に調子が良くなるのは認めざるを得ない。でも味がなあ……。三女は「美味しい!」って喜んでるけど、彼女の味覚はどこかおかしいんじゃないかと思う。長女の料理を「素材の味が活きてる」なんて言うのは、どうかしているとしか思えない。
試しにスプーンで一口すくってみる。ほら、沼だ。液体がねっとりと重く、スプーンの表面に薄い膜が張りつく。飲む前から、体に「効きそう」な気配がひしひしと伝わってくる。温泉にでも浸かった後みたいな感覚になるんだろうけど、ここで逃げ出したら姉妹の信頼が崩れるし、長女ががっかりするのは目に見えている。
一口、覚悟を決めて口に含む。
――うん、沼だ。味も間違いなく沼だ。生姜の辛味が突如舌を刺したかと思えば、その後にシイタケのどっしりとした風味が追いかけてくる。さらにクコの実の甘さが不意打ちをかけてきて、混乱した私の味覚が無防備に翻弄される。なんだこれ、味が方向性を見失って暴れているじゃないか。まるで魔法を使い慣れていない見習いの魔女が、材料を適当に混ぜたような感じだ。
ちらりと三女を見ると、彼女は嬉々としてスープをすすっている。あの子の無邪気な笑顔は、ある意味で恐ろしい。長女の料理がこんなに独特なのに、本当に心の底から喜んで食べているのだ。私には理解できない。どうやったらこの味を「美味しい」と感じられるんだろう。お肉ばかり食べてるせいじゃない、もっと根本的に感覚が違う気がする。
「ほら、栄養たっぷりだよ。」
長女がそう言いながら、また自信満々にスープを勧めてくる。くっ、逃げ場がない。三女は「次女ももっと食べて元気になってね!」なんて無邪気に笑っているし。ああもう、この子の前で残すわけにはいかない。彼女の笑顔に免じて、私はなんとかスープを飲み込むことにした。
ぐいっともう一口。口内が戦場になる。味覚を騙しながら、何とか最後まで食べきれるよう集中する。
――これも姉妹の平和を守るためだ。私は私の世界を守る。そうだ、これも大事な任務だ。
なんとか一杯を飲み干したところで、長女が満足そうに頷く。「ちゃんと食べたね」と褒められるのは、正直ちょっと嬉しい。でも次回もこの沼が出てくると思うと、複雑な気持ちだ。
「次女、どうだった? 美味しかったでしょ?」
三女がきらきらと目を輝かせて聞いてくる。私は曖昧に笑いながら、
「うん、体に良いのは間違いないね。」と答えた。
それを聞いて三女が「よかった!」と喜んでいるのを見て、まあ、これはこれでいいか、と思うことにした。きっとこの瞬間が、長女の「魔法」の本当の効果なんだろう。薬膳料理自体よりも、これを通じてみんなが健康で、笑顔になれること。それが長女の目指す「魔法」なのかもしれない。
次は、せめてもう少し味を調整してもらいたいけどね。




