薬膳料理(2)長女の視点
バスを降りてからの帰り道、いつもと変わらない風景が広がっている。薄い雲が空を覆って、風が少し冷たい。でも、そんなことより――横でトコトコ歩いている次女がまた、例の「考え事モード」に入っているのが気になる。眉間にシワを寄せて、唇をへの字にしてるあたり、たぶん相当難しいことを考えている。ホエールウォッチングの計画についてもっと盛り上がってくれてもいいのに、きっともう頭の中は次の実験か、宇宙についての新しい仮説でいっぱいなんだろうな。
「何考えてるの?」と聞きたいけど、こういう時に声をかけると「別に」と返されるのがオチだから、やめておく。次女が次女でいてくれるなら、それでいい。
少し先に進むと、見覚えのある広い農場が視界に入る。ボブおじさんが畑で最後の片付けをしていた。麦わら帽子を被り、トラクターの横でホースを片手に土まみれになりながら、いつも通りのんびりした様子だ。私たちを見つけると手を振ってきた。
「やぁ、お嬢ちゃんたち。買い物に行ってたのか?」
「はい。街でちょっとまとめて食材を買ってきたんです。」私は肩にかけたエコバッグを持ち上げて見せる。中身がずっしり詰まっていて重い。薬膳料理を作るために、いつもよりたくさんの材料を買ったからだ。
「今日、薬膳料理を作るつもりなんです。もしよければお裾分けを――」と提案すると、ボブおじさんは一瞬、目をぱちくりさせてから、なぜか慌てた様子で手を振り始めた。
「お、おお……いや、ありがたいけどな、今夜は……うーん、その、別の予定があってだな……うちの冷蔵庫も今パンパンだし……ほら、胃が弱いだろ、わし!」
しどろもどろになりながら、まるで命からがら逃げるように断ってくる。なんでそんなに必死なんだろう。薬膳料理は体に良いし、三女なんて「これ、もっと食べたい!」っておかわりまでしてくれるんだから、きっと美味しいはずなのに。それに次女だって、黙って全部食べてくれるし……多分、あれは満足している顔だと思う。
――まあ、次女が何も言わないのは単に「言うと長くなる」からかもしれないけど。
「そ、そうか……また今度な、今度!ありがとな!」
そう言うと、ボブおじさんは帽子を脱いで頭を掻きながら、そそくさと農場の奥へ消えていった。まるで薬膳料理が怖いものみたいに。
私は少し首を傾げながらも、気にせず歩き出す。まぁ、いいか。とにかく今夜は、妹たちの健康のために最高の薬膳料理を作らなくちゃ。
私自身は、正直あの味が「大好き」ってわけじゃない。でも、家族が元気でいてくれるなら、それで十分だ。そういうのが、私の「お姉ちゃん」という役割なんだから。家族を守るためなら、ちょっとぐらい土の味がするスープだって飲んでみせるよ。
三女が「お腹すいたー!」と笑いながら私の横に駆け寄ってくる。そんな姿を見るだけで、私は「ああ、今日もこの薬膳料理を作る意味があるな」と思えるのだ。




