いつもの朝(4)長女の視点
朝ごはんの片付けを終えると、私はそっとリビングに戻り、棚の一番上に置かれた本を手に取る。表紙はもうすり減っていて、何度も読み返したことがわかるけど、それでもいつ開いても新鮮な気持ちになる。この冒険シリーズの主人公は、私にとって理想の存在だ。強く、賢く、何があっても決して迷わない。彼女の一歩一歩は自信に満ちていて、いつもその背中に憧れてしまう。
ソファに腰掛け、ページを開くと、すぐにその世界に引き込まれる。今読んでいる章は、主人公が仲間たちと共に大きな難関を乗り越える場面。荒れ狂う嵐の中で、彼女は冷静に指示を出し、みんなを安全な場所へ導く。彼女の声は力強くて、どんな逆境にも屈しない。
「こうありたいな……」と、ふと心の中でつぶやく。現実の私は、あの主人公ほど自信に満ちてはいない。妹たちを守りたい、導きたいと思ってはいるけれど、実際にはいつも迷ったり、悩んだりしてしまう。でも、主人公のようにいつか私も迷わずに進めるようになりたい。
時間が経つのも忘れて、ページをめくり続ける。物語の中で描かれる困難は、今の私たちの日常とはまるで違うけれど、どこか共感してしまう部分がある。特に彼女が決断を迫られる瞬間、その強さに触れるたび、私もそんな風に強くならなければ、と思わされる。
ふと、腕時計に目をやる。時計の針はお昼を少し回ったところだ。そろそろボブおじさんのところへ向かう時間だな。今日はトマトの手入れを手伝うつもりだ。ボブおじさんはいつも気さくで優しいけど、農作業は少しばかり骨が折れる。特に夏のこの時期は、太陽が真上に昇りきる前に作業を始める方がいい。
私は本にしおりを挟み、そっと閉じる。次の冒険が待っていることを知りつつも、現実に戻らなくちゃいけない。だけど、それはそれで悪くない。ボブおじさんの農場では、土を触り、植物と向き合うことで、少しだけ自分が自然と繋がっている気がする。それに、三女も一緒に来るから、私の背中をいつも見つめている彼女には、自然の中で何か感じてほしい。次女は興味がないみたいだけど、今日も無理には誘わないつもりだ。
一度、次女のいるシェルターに顔を出そうかな。彼女は、ここで何かの実験をしているはずだ。あの子は最近、核エネルギーや科学に夢中になっていて、家のシェルターは彼女にとって「秘密の研究室」になっているらしい。私には理解できないけれど、次女にとっては大事な場所みたいだ。私も少しずつシェルターに荷物を置き始めたけど、次女が嫌がることはない。
「次女、そろそろ準備してね」と呼びかけるけど、彼女は大抵夢中になっていて、私の声はなかなか届かない。でも、今日はボブおじさんがトラクターの運転を教えてくれるって言ってたから、次女も興味を持ってくれるかもしれない。
さて、次は三女だ。三女はきっと、クジラのぬいぐるみを抱いてお絵描きしているだろう。彼女はいつもそうだ。クジラのぬいぐるみを友達みたいに椅子に座らせて、何かしら絵を描いている。海や動物、時には私たち姉妹を描いてくれることもある。彼女の絵には、私たちが感じている現実とはまた違う世界が広がっているみたいだ。あの子にとって、ボブおじさんの農場はどんな風に映っているんだろう?
私はゆっくりと立ち上がり、窓の外を眺める。外は少し風が吹いていて、庭の木々がざわざわと揺れている。ボブおじさんの農場に向かう準備をしなきゃ。今日は一日、自然と過ごす時間を大事にしよう。