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海(7)長女の視点

長女の一人称視点:ホエールウォッチングと私の役目


「やったね!」

ホエールウォッチングの提案が通った瞬間、次女と三女の顔がぱっと明るくなった。その様子を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。どちらもそれぞれの形で喜びを表しているのがわかる。次女はどこか冷静を装いながらも、すでに行程や装備を考え始めている様子。おそらく頭の中では「いつ行こうか」「船の構造はどうなっているんだろう」「クジラの生態は?」なんて次々に考えているんだろう。三女は目を輝かせながら、「潮を吹くのはどのクジラ?」「歌うクジラがいるんだよね?」なんて無邪気に問いかけてくる。その瞬間、私は少しだけ誇らしい気持ちになった。だって、彼女たちがこんなに楽しそうに未来の話をしている。これは私が提案したからこそ生まれた時間だと思えるから。


だけど――私は、実を言うとクジラそのものには少し複雑な感情を抱いている。クジラは、とてつもなく大きな存在だ。あの巨大な体が海のどこかを優雅に泳いでいるのを想像するだけで、何か畏敬の念に似た感情が湧き上がる。圧倒されるような感覚。自然そのもの、生命そのもの、人の力なんて到底及ばない偉大な何か。もちろんそれが美しいのも、尊いのもわかるけれど、どこか私には怖い。私が好きなのは、イルカだ。イルカは、もっと人に近くて、賢くて、楽しそうに見える。海の中の友達みたいな存在。でも、今回はイルカじゃなくてクジラ。私はイルカを選びたかったけれど、妹たちが楽しむならそれでいい。


私が本当に見たいのはクジラじゃない。潮を吹く瞬間でも、歌うクジラの姿でもなく、それを見て心から喜ぶ妹たちだ。船の上で三女が歓声を上げて、次女が「ほら、あそこ!」なんて珍しく興奮気味に指をさす――そんな光景を想像するだけで、心が温かくなる。私の幸せはそこにある。妹たちの笑顔が、私にとって一番の宝物だから。


もちろん、計画を立てるのは私の役目。お金だってやりくりしなくちゃいけない。ホエールウォッチングなんて、そう気軽に行けるものじゃないから、どうにかして家計を調整しないといけない。食費を少し削るべきかもしれないし、古本屋で買う予定の本も一旦我慢かな。それでも、こうして妹たちが楽しみにしているなら、それくらいの苦労はなんてことない。


これを「責任感」と呼ぶ人もいるかもしれない。でも、私にとってはそれとは少し違う。責任感からではなくて、私は「お姉ちゃん」をやりたいのだ。お姉ちゃんっていうのは、そういうものだと思っているし、それが私の役目なんだ。妹たちを喜ばせること、守ること、導くこと――それが私にとっての幸せ。だから、計画を立てるのも、準備をするのも、全然苦じゃない。むしろ、そうしている時間が一番私らしいと感じるんだ。


「お姉ちゃん」というのは、私の人生そのものだ。何か特別な理由があるわけじゃない。ただ、私は自然とそうなったんだと思う。妹たちがいるから、私はお姉ちゃんでいられる。それだけで十分だし、それ以上の理由なんていらない。守るとか、導くとか、背負うとか、そういう重たい言葉じゃなくて、ただ妹たちと一緒にいることが、私の当たり前で、私の幸せ。


さて、まずは家計を見直してみよう。クジラを見に行く日までに、いろいろ考えることは山積みだ。でも、その先にある妹たちの笑顔を思えば、なんだってできる気がする。


「クジラ、いつ見に行けるかな?」

そんな三女の声に、私は微笑みながら答える。「近いうちにね。きっとすぐ。」


そう言った瞬間、次女がふと顔を上げて「遅れないでよ」と半分冗談、半分本気の顔で私を見た。私は「大丈夫」と笑って返す。いつも私たちはこうして自然に役割を分け合い、支え合っている。どこかズレているところもあるけれど、それでいいのだ。


妹たちがいる限り、私はお姉ちゃんとして生きていく。それが、私にとって何よりも大切なこと。ホエールウォッチングに向かうその日も、きっと私はいつものように、彼女たちの背中を押して、少しだけ後ろから見守っているだろう。それでいい。それが私の幸せだから。

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