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海(6)次女の視点


「そういうことがしたいだなんて……しゃべり過ぎたな」と思った瞬間、心の中で舌打ちした。私は普段から、自分のことを話すのが嫌いだ。誰かに詮索されるのも苦手だし、「それで?」なんて返されると、無性に腹が立つ。どうせ誰にも関係ないだろう、って思う。好奇心や探求心に突き動かされる私の世界――それは、他人には干渉されるべきじゃないし、詮索なんかされる筋合いもない。


だけど、今日の私はいつもと違ってた。あの海を前にしたら、つい喋りすぎてしまった。深海の熱水噴出孔や宇宙の見えないエネルギー、そういう話ならいくらでもできる。だって、あれは私の「世界」を形作る大事なピースだ。何かが見えないところにあるという確信、その存在を見つけ出して形にすること――それが私の探求心の源なんだ。きっと、コペルニクスが地動説を見つけたときも、こんな気持ちだったに違いない。今はまだ私の「在るべき形」は見つかっていないけれど、いつか必ず何かを発見する。それが私の使命みたいなものだ。


だから、長女が私の言葉に余計な詮索をしなかったことには、正直ホッとしている。彼女は何も言わなかった。ただ、いつもと変わらない優しい笑顔で私を見ていた。その沈黙に、私は救われた気がした。長女は、私のことを何もかも理解してくれるわけじゃない。でも、詮索してこないだけで十分だ。それが、私が彼女を「支え」として信じられる理由のひとつだ。


私の世界――それは、知りたいことに全力で向かうこと、未知を切り開いて自分の手で見つけ出すこと。そして、その背中を支えてくれる長女と、何も言わずとも寄り添ってくれる三女の存在がある。それが、私が守るべき「大事なもの」。その世界に誰かが土足で踏み込むのは、絶対に許さない。もしも邪魔する敵がいるなら、たとえ何であろうと、私は全力で打ち倒すだろう。守るためならどんな犠牲だって厭わない――それが私の信念だ。でも、それはあくまで「私の話」。誰にも話すつもりはないし、わかってもらう必要もない。


長女や三女のことは大切だけど、あくまでも「私の世界」に必要な存在であって、私の考え方を他人に共有する気はない。だから、誰かに「私の信念って何?」なんて聞かれても、きっと適当にごまかすだろう。「今、お金を貯めてるから」とか「ホエールウォッチングに行こうか」って言えば、それで話は終わる。誰も私の本心に触れようとはしない。それでいい。それが一番、私にとって心地いい。


ホエールウォッチング――楽しみだな。クジラを見に行くなんて、夢みたいだ。海の上で潮を吹く瞬間を見てみたい。それもきっと、今はまだ見えないけれど「在るべき形」として存在しているもののひとつなんだと思う。あの海のどこかで、クジラはすでに泳いでいるはずだ。私たちがその姿を確認できていないだけで、確かにそこに「在る」。クジラは、星みたいなものだ。空に輝く星も、私たちには届かない光で遠くから見守ってくれている。クジラもまた、私たちが知らない世界の一部で、誰かのために歌っているのかもしれない。


海の上に立って、風を感じながら、ただじっと待つ――その瞬間が、きっとたまらなく愛おしいものになるはずだ。潮が吹き上がり、クジラの背中が海面に現れるとき、その一瞬に、私の探していた「何か」が見つかる気がする。そのときになって初めて、私は「ああ、これが答えだったんだ」と感じるかもしれない。それは、クジラの歌なのか、潮の音なのか、あるいは何か別のものなのかはわからない。でも、きっと「在るべきもの」がその瞬間に浮かび上がるんだ。


だから私は、それを楽しみにしている。ホエールウォッチングが楽しみで仕方ない。でも、それはただの娯楽の話じゃないんだ。クジラを見つけるということは、私にとっては自分の探求心と好奇心を満たす旅であり、自分の世界の一部を見つけることなんだ。誰にも説明はしないけれど、私にとってそれは、とても大事なこと。


長女と三女には、そのことを説明するつもりはないし、する必要もない。彼女たちには彼女たちの世界があって、それを私が侵害するつもりもない。それでいい。それで十分だ。


海の上でクジラを待ちながら、私の中の何かも一緒に浮かび上がるのを待つ。そのとき、私は何を感じるのだろう?どんな形であれ、答えが見つかるのが楽しみだ。それだけが今、私の頭の中を占めている。

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