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海(3) 次女の視点


波打ち際にしゃがみ込みながら、私は砂を指でかき回し、手のひらに載せてはじっと眺める。小さな砂粒の一つひとつが、まるで宇宙の欠片みたいだ。時間と場所を超えて、いろんなものが混ざり合って今ここに存在している。


私は顔を上げ、水平線を見つめる。太陽の光が水面で跳ねて、銀色に輝く波が次々と押し寄せてくる。その波の向こう、もっと深い場所には、何があるんだろう。クジラの死骸が静かに沈んでいるかもしれない。あるいは、何億年も前から眠り続けている熱水噴出孔が今も生きているかもしれない。


長女は少し離れたところから、私が熱く語るのをじっと見ている。あの優しい目で、微笑むように。でも、彼女は知ってるはずだ。私はまだ、話し足りない。


「クジラが沈むと、生態系ができるって話、したよね?」

砂を払って立ち上がり、手を振りながら歩き出す。足元で砂がサラサラと音を立て、波が足に触れた瞬間、ひんやりとした感触が心地いい。


「でもさ、クジラの死骸なんかより、もっと深い場所があるんだよ。熱水噴出孔って知ってる? 深海の底から、めちゃくちゃ高温のお湯が噴き出してる場所のこと。真っ暗で何もないような場所に、突然生命が集まってるんだ。そこには太陽の光なんか一切届かない。でも、そういう場所にこそ、すごいエネルギーがあるんだよ。」


私は興奮して話しながら、何もない大海原に手を振る。まるでその先に、熱水噴出孔が本当に見えるみたいに。


「宇宙だって、同じことだと思うんだ。ブラックホールの中には、光ですら逃げられないほどの重力がある。何も見えないけど、そこには莫大なエネルギーが眠ってるんだよ。誰も知らないけど、確かにある。そういう『見えないもの』を見つけるのが科学なんだ。」


私は立ち止まり、空を見上げる。太陽がまぶしくて、目を細めながら思う。何百年も前、誰かがこの空を見上げて、地面が動いていることに気づいた。それを証明するために、どれだけの努力をしたんだろう。


「コペルニクスがさ、地動説を見つけたのも、結局は同じことなんだよね。見えないけど、確かにそこにある『在るべき形』を見つけたんだ。」


私は振り返り、長女に向かって言う。彼女はただ、静かにうなずいている。きっと彼女は私の言いたいことを全部理解してるんだと思う。だからこそ、余計な言葉はいらない。


「私もいつか、そういうものを見つけたいな。」

そう言うと、自分でも少し笑ってしまった。だって、まるで偉そうに宣言しているみたいだから。けど、私は本気だ。


「見えないけど、そこにあるべきもの。それを見つけるのが科学なんだよ。」


海の風が髪をなびかせ、私の声をさらっていく。砂の粒はどこかから来て、またどこかへ消えていく。宇宙も海も、すべてがそうだ。見えないものが無数に存在して、それがすべてつながっている。


長女はその場で黙って私を見つめ続けていたが、その表情からは、少し誇らしげな気持ちがにじんでいるのがわかる。


私も、いつかきっと見つけられる。見えないけど、必ずどこかに在るべき形。それが見つかるまで、私はどこまでも考え続けるんだ。

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