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街へ行こう(7) 長女の視点

次女が「相互確証破壊」について説明を始めた瞬間、三女の顔がほんの少し強張るのが分かった。次女は、怖がらせようなんて思っていない。むしろ、事実を理解することで安心させたいのだろう。彼女は昔からそうだ。理論と数字に裏打ちされた正しさを、まっすぐに信じている。けど、それがどんなに正しくても、三女には少し重すぎるんじゃないかと思う。


「核ミサイルなんて撃ったら、相手も撃ち返してくるから、どっちの国もめちゃくちゃになるんだよ。だから、そんなこと絶対に起きないんだってば!」次女は力強く言い切った。その言葉の後に続く静寂が、バスの中に妙に響いた。


三女が、ふと私を見上げた。大きな瞳には、説明を理解しようとする必死さと、その裏に隠れた不安が交じり合っている。私は、すぐに笑顔を作り、少しだけ身を乗り出して、次女の手をそっと触った。


「ありがとう、次女。それで、ちょっとアイスクリームの話なんだけどね…」私は、あえて声のトーンを落として、軽い話題に切り替えるようにした。こういうとき、突然の話題転換はかえって三女を戸惑わせることがあるから、自然に流れるように話を持っていかなければならない。


「あのさ、街に着いたらアイスクリームを食べようって話してたじゃない?あのお店、覚えてる?三女が最初にあのクジラのぬいぐるみを買ったときのこと」


三女の目が少しだけ柔らかくなった。あのぬいぐるみ、彼女の大のお気に入りだ。小さな青いクジラで、まるでおもちゃの海を泳いでいるみたいなデザイン。名前は確か…そう、「ホエール」。まんまだけど、三女には大切な友達みたいなものだ。


「うん、あのクジラ…」三女が小さくつぶやいた。声に少しだけ安心感が戻ってきたような気がして、私は内心でほっとした。


「あの時も、アイスクリーム食べたよね。確か、その日だけの限定フレーバーが『ミラクルホエール』だった気がするんだよ。ブルーベリーとミントのあの不思議な味覚、すっごい派手だったよね」私は少し懐かしさを感じながら、言葉を続けた。


「あー、覚えてる!それに、その後『バイシクルエイリアン』も出てたよね。チョコミントとストロベリーの、あの何とも言えない色合いのやつ」次女がすぐに反応してきた。彼女はいつも新しいものに興味を示すし、特にああいう奇抜なフレーバーが好きだった。


三女は、次女が楽しそうに話すのを聞きながら、少しずつ顔を明るくしていった。彼女が、クジラのぬいぐるみを抱いていたあの日のことを思い出しているのかもしれない。その時も、三女は少し不安そうだった。大勢の人の中で迷子になりかけて、でも次女がすぐに見つけてくれて、その後一緒にアイスクリームを食べながら笑っていた。


「ミラクルホエールって、確かアイスクリームの中に小さなクジラ型のチョコが入ってたよね?」と三女が、少しずつ声を弾ませながら話に加わる。その表情が、いつもの彼女に戻りつつあるのを見て、私は胸をなでおろした。


「そうそう!あれ、なんか食べるのがもったいないくらい可愛かったよね。結局、最後は食べちゃったけど」私は笑いながら言った。


三女もクスッと笑う。その小さな笑い声が、バスの揺れの中に柔らかく溶けていった。次女も、それに気づいてほっとしたのか、少しだけリラックスした顔を見せる。やっぱり、こういう時は言葉よりも、あの懐かしい日の温かい記憶が、三女の不安を和らげてくれるんだ。


けれど、次女の言っていたことも、もちろん無視するべきではない。彼女が言っていることは、決して間違っていないし、彼女なりに三女を安心させたくて話していたことだって分かっている。次女は、自分が知っている知識を持って家族を守ろうとしているのだ。それはとても大事なことだし、その努力を私は尊重しなければならない。


でも、知識や理論だけでは人の心の奥にある不安を消し去ることはできない。特に、まだ幼い三女にとっては、その理論はかえって現実味を帯びた恐怖になることがある。次女の賢さと行動力は本当に頼りになるけれど、時にはその冷静な事実だけが重く響いてしまうこともある。だからこそ、私は次女の話をさりげなくフォローしながら、少しでも三女が安心できるように、こうしてアイスクリームの話に持って行った。


バスは、軽く揺れながら街へ向かって進んでいる。外はまだ暑さが続いていて、太陽の光がアスファルトに反射して眩しい。でも、バスの中は涼しくて、私たち三姉妹の間にも少しずつ和やかな空気が戻りつつあった。


「今日は、どんなフレーバーがあるかな?」と私は、わざと少し明るめの声で言った。「また限定のやつが出てるかもしれないね。あ、もしかしてまたクジラのやつがあったりして」


「今度はどんなクジラかな?」と三女が笑顔で言った。さっきまでの不安はどこかに消えて、彼女はすっかりアイスクリームのことに夢中になっている。私は、その笑顔を見て、もう一度小さく息を吐き出した。


バスが街に近づくと、いつもの景色が目に入ってくる。今日は何も特別なことが起こらない、普通の日であって欲しい。次女の話す未来の技術や核の話は、遠い世界の話であって欲しい。今はただ、私たち三姉妹で美味しいアイスクリームを食べて、笑い合って過ごすこと。それだけで十分だ。


「街に着いたら、まずアイスクリームね」私は二人に向かって言った。次女も三女も、それに元気よく頷いてくれる。その瞬間、私たちの世界は少しだけ平和で、暖かく感じられた。

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