ミートローフ(2)三女の視点
キッチンの温かい光が私を包み込むと、なんだか心が落ち着く。ガスコンロの音や、切った野菜の感触、調味料の匂い――全部がいつもと変わらない安心感をくれる。私が手にしたひき肉をこねる感触は、どこか落ち着きのある繰り返し作業で、こうやって料理をすると、いろんなことが少しずつ薄まっていく気がする。料理をすると、私の心は少しだけ自由になれる。
「ねえ、これでいいかな?」私はこねた肉をボウルに入れ、長女に見せた。彼女は微笑んでうなずき、そっと手を差し伸べる。「うん、いい感じだよ。でも、もう少し混ぜた方が柔らかくなるよ。」長女はいつもこうやって優しく教えてくれる。私は手をさらに動かして、もう少し丁寧にこね始めた。手間暇をかけるのは嫌いじゃない。むしろ、こういう時間が大好きだ。じっくり作っていると、料理そのものに心が込められる気がするから。
「今日は次女が好きな味付けにするんだよね。」私は長女に言った。自分の作るミートローフが自慢なのは、みんなが喜んで食べてくれるから。特に次女は、何も言わなくても一番よく食べてくれる。彼女のために心を込めて作ると、その瞬間だけでも、何かがつながっている感じがして安心する。
「そうだね。次女の好きな味にしよう。でも、あなたもチリコンカンが得意なんだから、今度はそれを作ってみようよ。」長女が言って、私はちょっと照れくさくなった。チリコンカンも得意だけど、今日は次女が好きなものがいい。彼女が喜ぶ顔を見たいんだ。
ふと、キッチンの隅を見ると、いつもなら部屋にこもってしまう次女が、今日は珍しくキッチンのテーブルに座っている。何かの本を開いているけれど、彼女の目は本には向いていない。リビングのテレビがぼんやりとついていて、その音が流れている。だけど、次女は上の空で、本当に何かを見ているわけじゃない。きっと、何か考えているんだろう。
「次女、チーズ入れる?」長女が少し明るい声で次女に声をかけると、次女は少しだけ顔を上げて「うん」と短く返事をした。それだけのやり取りだけど、次女が私たちと同じ場所にいることが、何となく嬉しかった。いつもなら彼女はこういう時、すぐに自分の部屋に戻ってしまうから。
長女が次女の答えを聞いて、チーズを取り出し、私と一緒にミートローフに混ぜ込み始めた。手のひらに柔らかな肉とチーズの混ざる感触が心地よい。何気ない作業が、いつもと変わらない日常を少しだけ取り戻してくれるように感じる。
すると、次女が小さくつぶやいた。「…いろいろ、ごめんね。」
その一言が、静かなキッチンに響いた。次女はいつも、感情を表に出さないけど、今の言葉には何か特別なものが込められている気がした。謝らなくてもいいのに、そう思うけど、きっと彼女の中で何かが渦巻いているのを感じた。
長女もそれを察したのか、特に何も言わずに優しく微笑んで、ミートローフに手をかけ続けた。そのやり取りが、温かい安心感をくれた。料理をしていると、言葉にしなくても心が通じる時があるんだと感じる。
私たちはその後、静かにミートローフを完成させた。次女はそれでもキッチンに残っていたまま、何かを考えながら、でも私たちのそばにいる。それが少しだけ嬉しかった。




