トラクターの運転(8)ボブの視点
「やれやれ…」
頭を軽くかきながら、目の前で押し黙る三姉妹を見渡した。長女がしっかりした顔で次女を叱りつけているのを聞いて、少しだけ胸が痛んだ。三姉妹を見ていると、うちの子たちを思い出してしまう。もちろん、彼女たちは自分の子供じゃないし、育てたわけでもないけれど、時々、その世話をするたびに、何とも言えない親心のようなものが湧いてくるんだ。
「どうにかしないとな」と思いながら、長女が言葉を強くするたびに、次女の肩が少しずつ下がっていくのが分かった。三女は、完全に固まってしまって、何も言えずにただ立っている。こういう時、誰が何をすべきかってのは、農場で教わったこととはまるで違う。トラクターや機械相手なら、問題を見つけたらすぐに修理すればいい。でも、子供たちの心はそう簡単じゃない。特にこの子たちは、どれもが個性的で、それぞれ違う反応をするから、やり方一つで逆効果になりかねない。
「よし、まずは落ち着けるようにしないとな」
俺は少し前に歩み出て、長女の肩にそっと手を置いた。彼女はまだ次女を睨みつけていたが、俺の手の重みで少しだけその視線が緩んだ気がした。長女はしっかりしてるし、いつも妹たちのことを考えているのは分かる。でも、今は少し頭を冷やす必要がありそうだ。
「おいおい、そこまでにしておけよ、長女。次女も悪気があったわけじゃないんだからさ」と、俺はできるだけ優しい声で言った。
長女の口元がきゅっと締まった。まだ納得してないようだが、少なくとも一歩引いてくれるだろう。俺もあのトラクターの運転は危険だと思ったが、今は次女を追い詰めすぎないことが重要だ。長女にそれを伝えるために、もう少し言葉を足した。
「次女は好奇心旺盛なだけさ。自分で体験して学ぶタイプだろ? 俺だって若い頃はそんなもんだった。危ない目にも遭ったが、そのたびに学んだ。まあ、次回はもうちょっと慎重にやるようにするってことで…な?」
長女は少しだけうなずいたが、まだ完全に納得しているわけじゃないのが分かった。彼女は「正しさ」にこだわるタイプだ。だからこそ、妹のやったことが危険だと思えば、それを見過ごせないんだろう。でも、ここは折れてもらわないと、場が余計に険悪になってしまう。
次に次女の方を見ると、彼女は目を伏せたままで、少し涙をこぼしていた。ああ、これは…少しやりすぎたな、と感じた。次女は普段、感情をあまり表に出さない子だが、今の彼女は明らかに傷ついている。元々自分の考えや行動に自信を持っている分、それが否定されると強く反応するんだろう。俺も似たようなもんだった。昔、兄貴と衝突した時は、こうして黙り込んで、言い訳もできなかった。次女の気持ちが痛いほどわかる。
「次女、ちょっとこっちを見てみな」と、声をかけた。
彼女は目をそらしたまま動かなかったが、俺はもう一度、優しく呼びかける。「お前がしたことは、俺も分かってる。お前がただ興味があったんだろ? 試してみたかったんだよな?」
その言葉に、次女の肩が少しだけ動いた。彼女はそれでも何も言わなかったが、少しだけ俺の方を見た気がした。俺は続けた。「その気持ちはよく分かる。俺だって、あのトラクターに初めて乗った時はワクワクしたもんだ。だけど、次回はもっと安全を考えながらやってみよう。そうすれば、もっと楽しくなるからな。お前ならできるよ、次女」
次女はかすかに頷いたが、まだ完全に元気を取り戻しているわけじゃなかった。でも、それでいい。今は少し時間をかけて、彼女が自分で気持ちを整理できるようにしてあげるべきだ。
次に三女の方を見た。彼女はずっと黙ったままだったが、彼女が一番怖がっているのが分かった。トラクターの迫力に驚いたのもあるだろうが、何より姉たちのやりとりに緊張してしまっているようだ。彼女に無理強いするのは良くない。彼女が今何を感じているかは、しっかり考えて対応してやらないといけない。
「三女、大丈夫だよ。無理に運転する必要はないからな」と、俺は優しく言った。「いつか乗りたくなったら、いつでも教えてやるよ。それまで、ここで見守ってくれたら十分だ」
三女は安心したように頷いた。少しほっとした表情を見て、俺は心の中で「よし」と思った。これで、今の緊張感は少し和らいだだろう。
最後に、もう一度三姉妹全員を見渡して、笑顔を浮かべた。「さあ、今日はここまでにしよう。次はもっと楽しくやろうぜ。俺も楽しみにしてるからさ」
俺の声に、少しずつ彼女たちの表情が緩んでいくのが見えた。三姉妹それぞれが抱えるものは違うけど、こうして少しずつ、互いに理解し合っていけるだろう。それが家族ってもんだ。




