トラクターの運転(7)三女の視点
次女が黙り込み、静かに涙をこぼす姿を見た瞬間、胸の中で何かがざわついた。長女の厳しい声が響く中、私はその場に立ちすくんでしまっていた。何かが怖い。長女の叱責が怖いのか、次女が泣いていることが怖いのか、それとも自分が何もできないことが怖いのか。それすらもはっきり分からなかった。
視線は地面に向けたまま、私は自分の足元に注がれる涙を感じていた。次女の涙が、地面に落ちて消えていくのを、まるで他人事のように見つめていた。何もできない自分に嫌気が差す。長女は間違っていない。危ない運転をした次女を叱るのは、当然のことだ。私だって、次女の運転は怖かった。心臓がバクバクして、止まってしまいそうなくらいに怖かった。
でも、次女が泣いている姿を見ると、それだけじゃない感情が押し寄せてくる。「次女は悪くない…」と心の中で何度も繰り返すけど、声には出せない。長女に叱られている次女がかわいそうで仕方がないのに、どうしたらいいか分からない。
何もできない私。いつも、こうだ。私には長女のように強くなれないし、次女のように大胆に行動することもできない。私はただ、その場にいるだけで、いつも守られる側。守られなきゃいけない側。何かをしようと思っても、足が動かない。頭の中はぐちゃぐちゃで、思考がまとまらない。どうしたらいいのか、全く分からない。だから、私はただ見ているだけ。怖がって、身をすくめているだけ。
「こんな自分が大嫌い」心の中で、その言葉がずっと反響していた。どうして私はこんなに弱いんだろう。もっと強くなりたい。長女みたいに、みんなを守れるお姉ちゃんになりたいのに。次女のように、怖がらずに何でも挑戦できるようになりたいのに。けど、現実は違う。私はいつも、二人の後ろに隠れて、ただ守られてばかりいる。
「私には何もできない…」その無力感が、さらに心を重くする。どうしてこんな時、二人を助けてあげることができないんだろう。長女の怒りを和らげることも、次女の涙を止めることも、私にはできない。ただ、立ちすくんでいるだけ。手も足も動かないし、言葉も出てこない。
「でも…」ふと、私は自分の手を見つめた。小さくて、力のないこの手。でも、何かできるはずだ。そう思いたかった。私は三女だから、長女や次女のように強くはないかもしれない。でも、何か役に立てることがあるはずだ。みんながこんなに辛そうな時に、私だって何かできるはず。
でも、何をすればいいんだろう。次女が怖くて泣いている。長女は、それを見てさらに怒っている。私は、どうすればこの二人を助けられるんだろう?
「お姉ちゃんになりたい…」その思いが、胸の中でぐるぐると回る。強くて、みんなを守れるお姉ちゃんになりたい。いつも守られるばかりの私じゃなくて、今度は私が二人を守りたい。次女が泣かなくて済むように、長女が怒らなくて済むように、何とかしたい。だけど、私にはそんな力はない。何を言えばいいかも分からないし、どう動けばいいのかも分からない。
私はただ、目の前の二人を見つめ続けた。長女が次女を叱っている声が、耳の奥で響いている。それが、まるで自分の心を責めるように感じた。「私も、何か言いたい…」そう思っても、口は開かなかった。勇気が出ない。私なんかが口を出していいんだろうか? そんな風に思ってしまう。
長女は、いつも正しい。間違っていることなんて、ほとんどない。だから、私が何か言っても意味がないかもしれない。次女も、強い。きっと、すぐに立ち直る。私なんかが何をしても、変わらないかもしれない。でも、それでも…
「それでも、私はお姉ちゃんになりたい…」自分の中で、その思いが少しずつ大きくなっていく。強くなるために、何かをしなきゃいけない。でも、どうすればいいのかは分からない。次女を慰めるために何か言うべきか、それとも長女を落ち着かせるために何かするべきか。どちらも分からないまま、私はその場に立ち尽くしていた。
次女が泣いているのを見て、私の胸は張り裂けそうだった。次女は悪くない。長女も悪くない。誰も悪くないのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。どうして、こんなに怖い空気が流れているんだろう。私がもっと強ければ、何か変わったのかな。そんなことを考えながら、私は二人の姿を見つめていた。




