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トラクターの運転(6)次女の視点

「そんなつもりじゃなかったのに…」


自分の口から出た言葉が、なんだか遠くで誰かが話しているみたいに感じた。頭の中では、いろんな思いがぐるぐると回っていて、うまく整理できない。何かが間違っていたのはわかる。長女の言うことにも、一理あるのは分かってる。あのトラクターは確かに危険だったかもしれない。でも、それだけじゃない。私はただ、楽しくて、もっと知りたくて…どうして、こんなことになっちゃったんだろう。


いつもそうだ。何かが噛み合わない。頭の中では「これでいいはずだ」って思うのに、なぜかその通りにいかない。感情っていうやつがいつも邪魔をする。理屈じゃ片付けられないことが、この世界にはたくさんあるんだって、わかってるけど、どうしてもそれにうまく寄り添えない。感情は、なんだか遠くにあるものみたいに感じてしまうんだ。特に、長女や三女みたいに、自分の気持ちをすぐに表現できる人たちを見ると、まるで自分だけが違う星にいるような気がしてしまう。


長女は怒っていた。あんなに強く、あんなに真剣に。彼女は、いつだって私たちのために一生懸命だってわかってる。だからこそ、余計に気まずい。私が悪いのかな。自分では、ただトラクターを試してみたかっただけなんだ。速度を上げて、急ハンドルを切った時に、どんな反応が出るのか、純粋に知りたかった。それだけだった。それが危険だったかもしれないことも分かるけど、それが「悪い」ことだとは思わなかった。


でも、どうしても長女にはその気持ちが伝わらない。彼女の言葉がぐさりと胸に突き刺さって、何も返すことができなかった。いつもそうだ。私が何かをすると、長女や三女にはそれがうまく伝わらない。私は彼女たちの感情にうまく寄り添えないし、理解してもらうこともできない。そんな自分が、時々すごく嫌になる。


気づいたら、涙がぽつりとこぼれていた。何も言わないまま、ただ地面をじっと見つめている。涙なんて、見せたくなかった。こんな弱い自分なんて、絶対に誰にも見られたくないのに。でも、涙が勝手に出てしまう。自分の気持ちが、まるで制御不能の何かみたいに、身体の外へと溢れ出していく感じがした。


いつも、こうだ。自分の思っていることを、うまく言葉にできない。私の中で、すべてがぐちゃぐちゃに絡まってしまって、どこから手を付けていいのかわからなくなる。自分が何を感じているのかすら、よく分からなくなる。ただ、ひたすら「上手くできない」っていう感覚だけが残る。


長女は、私を叱責する。確かに、あの運転は危なかったかもしれない。三女を怖がらせたのも事実だ。私は、そのつもりじゃなかった。ただ、楽しませたかっただけなんだ。それなのに、いつもこうなる。私の行動が、誰かを傷つけたり、誤解されたりする。そんなつもりじゃないのに。どうして、うまくできないんだろう。


涙が次々に溢れて、頬を伝っていく。誰にも気づかれたくない。長女にも、三女にも、ましてやボブおじさんにも、こんな姿を見せたくない。私は強いはずなんだ。いつだって、自分の気持ちを抑えて、冷静でいられるはずなのに。でも、今はどうしても無理だった。感情が溢れて止まらない。


「ごめんね…」と、小さな声で呟いてみたけれど、誰にも届いてないかもしれない。届かなくてもいい。私の言葉なんて、きっと誰も聞きたくないだろうから。泣きたくなんてない。泣いても何も変わらないし、弱さを見せるなんて私らしくない。でも、どうしても止まらない。今だけ、少しだけ、こうしていよう。私には、もう少しだけ時間が必要みたいだ。


いつか、長女や三女に分かってもらえる時が来るんだろうか。私はただ、彼女たちの期待に応えたいだけなんだ。でも、どうしてもうまくいかない。

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