トラクターの運転(5)長女の視点
次女がトラクターを降りて、三女の方に楽しげに駆け寄っていく様子を見て、私は胸の中に不安が膨らんでいた。あの大胆すぎる運転――飛び乗るようにトラクターに乗って、スピードを出し、急ハンドルを切ってトラクターを傾けるなんて、完全に危険な行為だ。次女が何を考えているのか分からない。確かに次女らしい大胆さや実験的な精神は尊重するべきだけど、あれは度を超えていた。あのままトラクターが横転していたらどうなっていたか…。考えるだけで怖い。
三女が今の次女のような運転をするなんて想像もつかない。だって、三女はあんな危険なことを望んでないし、明らかに怖がってるのが分かる。次女はそれに気づかず、無邪気に「次は三女の番ね!」と言っているけど、三女の顔は青ざめていて、体が完全に固まっている。足が地面に張り付いたみたいに動けないでいるのが一目で分かる。これはまずい。三女は次女の勢いに圧倒されて、完全に怯えている。
「さあ、早く行こうよ!」次女が三女を急かしているが、三女はまるで別の世界にいるみたいに、かすれた声で「今日はいい…」と呟いた。その声は小さくて、まるで次女の期待に押し潰されそうなほど弱々しい。次女はそれを聞いて不満げに眉をひそめ、さらに強引に促すような表情を浮かべた。「なんで?せっかくのチャンスなのに!」と声を荒げてしまっている。
私はその瞬間、堪えきれなくなった。次女がどれだけ楽しんでいたかは分かるけど、今の彼女の行動は許せない。三女を無理やり怖がらせて、さらに危険なことを強要しようとするなんて、絶対に間違っている。
「もういい!」私は次女に向かって強い声を出してしまった。自分でも少し驚くほど強い口調だったけれど、次女の振る舞いを見過ごすことはできない。次女が私の方を振り返り、驚いたような表情を見せた。その瞬間、私は怒りが頂点に達してしまった。次女の無謀さと、三女を恐怖に追い詰めていることへの苛立ちが胸の中で渦巻いていた。
「危ないことをするんじゃないって言ったでしょ!あの運転は本当に危険だったんだよ。もしトラクターが横転してたら、どうなってたと思う?怪我するどころじゃ済まないんだから!」私の言葉は、まるで噴き出した感情のように止まらない。怒りと不安が交錯し、冷静になることができなかった。「三女は怖がってるの!そんな風に無理やりやらせようとするのはやめて!」
次女はその場で押し黙ってしまった。私の言葉を聞き、彼女の顔からはすっかり表情が消えてしまった。普段はあんなに好奇心旺盛で元気な次女が、今はまるで心の中に鍵をかけたように無表情で黙り込んでいる。そしてその沈黙の中で、次女の目にぽつりと涙が溢れ出したのが見えた。
「そんなつもりじゃなかったのに…」彼女は小さな声で呟いた。頬を伝って静かに涙が流れ落ちていく。次女の涙を見た瞬間、私の心の中にチクリと鋭い痛みが走った。言い過ぎたかもしれない。でも、次女が何を考えていたかは分かるんだ。彼女はただ、楽しくて興奮していただけで、悪気はなかったのだろう。
だけど、それでも許すわけにはいかない。危険なことをやって、その上三女を無理に怖がらせるなんて、家族としては見過ごせない。でも次女の涙を見て、私は少し心が揺れた。いつもなら、次女はこんな風に泣かない。彼女は強いから、泣きたい時もそれを隠す。でも、今は次女の心の中で何かが壊れてしまったみたいに感じた。
「…わかった、でも、本当に危ないから。次はもっと気をつけてね」と、私は少し声を落として次女に言った。自分でも、今の自分が混乱しているのが分かった。次女を叱らなければいけない、でも、あの涙を見るとどうしても心が揺れる。彼女も本当に悪気があったわけじゃないんだ。
次女は黙ったまま、地面をじっと見つめている。ボブおじさんがどうにかして場を和らげようと声をかけてくれるのを期待しつつ、私はその場で立ち尽くしていた。




