第三章 【物語】
4人は朝食を終え、ハインリヒは仕事も休みなので、ローザとハンナと共に南北縦貫メインストリートと東西横断メインストリートにて行われるパレードを見に行くそうだ。
私はというと、彼らと一緒に外へ出た後に別れ、今は今朝訪れたモンビシュウ公園とシュプレー川に挟まれた川路をフリードリヒッス橋の方へ向かって歩いているところだ。
2つのメインストリートから少しばかり離れてはいるが、建物の合間からは賑やかな歓声が上がるのを耳にでき、周囲には露店も多く見られる。
そんな雰囲気に揉まれながらも私は橋を渡り、ムゼウムスインゼルへと到着する。
ムゼウムスインゼル───博物館島にある旧ベルリン王宮たるフンベルトフォーラム、その奥に道路を挟んで、立地する国立図書館にて。
私は目的たる禁書庫へと向かってまっすぐと歩く。
ここには〝523部隊〟の調査で個人的に何度か来たことはあるが、禁書庫は当然初めてである。
何度来ても雰囲気の変わらぬ大量のラックの間を縫うように進み、最奥の禁書庫の前までたどり着く。
そこにはガタイのよい、階級は中尉の、軍人の門番が暇そうにしている。
それものはず、まず禁書庫なんてほぼ誰も訪れることのない場所でほぼ毎日ああして、扉の前で立ったり座ったり。
暇で仕方ないだろう。
だが、安心してほしい。
仕事を持ってきたのだから。
私は彼に歩み寄り、大佐からの禁書庫閲覧許可書を手渡す。
彼は久しぶりなのか、はたまた初めてなのか、少し慌てながらその許可書を受け取る。
添付された写真と私の顔を見比べ、許可書が正式なものであることを確認する。
やはり機械などより人の目のほうが信頼に足るのか、彼は手書きで黙々と入室者の管理名簿を書いたり、現在時刻や私や大佐の情報を書き取ったりしている。
しばらく待たされたあと、ようやく手続きが終わったのか、ネームホルダーに入った私の顔写真やらその他様々な情報の書かれた入室許可カードが渡される。
それをその場で首にかけ、年季の入った木製ドアのノブへ手を掛ける。
◇
ドアの向こう側は地下へとつながる階段だった。
石造りで細い階段を降りると少し空間が開け、そこには重厚な舵輪式の鋼鉄の扉が鎮座していた。
長時間放置され、管理も滞っているのだろう、金具の所々に錆びも見られる。
共に降りてきた門番の男が扉のロックを解錠し、いくらかの注意点を述べ、室内の電灯と換気扇をつけてから彼は再び仕事に戻って行った。
禁書庫の中は別にその外にあるラックたちとほとんど大差はなかった。
保存状態として非常によい。
少し肌寒いが、これくらいどうってことはない。
早速持ってきていたリュックを背負い直し、奥へと入っていく。
普通の本もあれば、何枚かの紙を糸やホチキスで留めただけの報告書のようなものも多い。
凍結された計画だったり、敵対する思想に関連したものだったり。
正式な手続きの下であると言えども、明らかに私が見ていいレベルの書籍たちではない。
ある程度のジャンル分けもなされているので、探しやすくて助かる。
調査報告書に関する棚を見つけた。
見てみると、大量の報告書が縦にいくつも積まれたものが並んでいる。
その中に一部だけその間に挟まれ、少し棚からはみ出した報告書があった。
それを取り出してみれば、なんとまあ━━━。
ロシア語で書かれた手書きの楽譜だった。
『なんなんだこれ。』と思いつつ少し興味が湧く。
ロシア語は分からないが、かつて戦った敵の中に作曲家か演奏家でもいて、偶然ここまでたどり着いたのだろう。
でも、ここにあるのはおかしくないか。
報告書の棚であるというのに、楽譜が挟まっていたのだ。
誰かが移動させてそのままだったのだろうか。
はたまた、かつてここへ運び込んだときに不手際があったのか。
なんにせよ、どこかの誰かの想いが詰まったものであることに違いはないだろう。
また時間もまだあるうえ、帰ったらその歌詞の内容も知りたいので、リュックの中から鉛筆と手帳を取り出し、書き留めておく。
◇
楽譜を見つけてから数時間ほど探して回るが一向に〝523部隊〟に関する記述は見当たらない。
腕時計を見ると、午後一時を回ろうとしていた。
ここで一区切りつけようと思い、その場に座り、リュックの中からローザ作のブロートドーゼ(弁当)を取り出す。
中は朝食と概ね同じようなメニューである。
いくつかのパンにハムやチーズ、生野菜なんかが挟まれていた。
今頃私の母はどうしているだろうか。
私が出てきてからは家で一人、家庭菜園なんかを楽しんでいるとはいえ、母親を心配する気持ちは消えない。
その上、母はいまだに平日には外へ働きに出るので、身体のことも懸念材料だ。
また手紙でも送ってあげたいものだ。
ブロートドーゼを食べ終わり、再び作業に取り掛かるが、同じことの繰り返しだ。
多少疲れるが、ほぼ確信を持ってここには何らかの情報があるはずなので、気合を入れ直す。
少し立ち上がり背伸びをしたところで、ふと目に飛び込んで来た。
その文字が。
その数字が。
その名が。
〝523部隊〟の名が。
丁度次に調べようとしていた場所である。
あまりの幸先の良さに笑みを浮かべ、早速その冊子を手に取る。
冊子自体は10枚前後の紙をホチキスで留めたものであり、表紙には『Streng Geheim(極秘)』の判が押されていた。
冊子の一ページ目をめくると、『523部隊失踪に関して向かった増援部隊の証言』という項目が出てきた。
(……失踪……?)
父の部隊は失踪したのか?
そこには増援部隊の部隊長の証言と報告が載せられていた。
具体的な日付などは黒塗りされていて見えない。
だが、失踪の前後で総統閣下に部隊から連絡が入ったこと。
増援部隊が駆けつけたとき、人一人どころか施設丸ごと球状にくり抜かれたように消えていたことなどが記されていた。
とんでもない進展ではないか。
というか、そんなことありえることなのか?
あまりに突拍子のない事柄や表現が飛び交い、フィクションか何かのようにすら思われる。
だが、今はこれが唯一の手がかりである。
私は黙々と鉛筆を持つ手を動かし、手帳へと情報を書き込む。
残念ながら、523部隊の研究所の所在地は黒塗りされて分からなかったが。
そして念には念をとカメラで各ページの写真も撮影する。
最後のページを撮り終わった時、さっきの門番が私のことを呼びに来た。
もうすぐ閉めなければいけない時間らしい。
丁度、写真も撮り終わったところなので、冊子を元の場所に戻してから荷物を整理して、禁書庫を出る。
門番は私が出たのを確認して、禁書庫の重厚な扉を閉める。
その後、階段を上がり、木の扉を通る。
門番に敬礼と今日の感謝を述べると、彼は同じく敬礼を返し、微笑んだ。
◇
図書館から出たところで、古本市をしているのが目に入る。
朝来た時はやっていなかったし、今日なら何か面白い本と出会えるような気がしたので、少し寄っていくことにした。
すべきことを終えた今となっては気を惹く対象のひとつである。
が、時間も時間であるからか多くは撤収中であったり、売れ残りを捌いていたりといった感じであった。
そのうちのひとつを見ていると、
「ねえそこの兄ちゃん!あと、この本だけなんだよ。お代はいいから貰ってくれない?」
そこの店番をしていた気さくそうなおばさんに声をかけられる。
そちらを向くと『頼むお願い!』と言わんばかりに両手でその本を差し出す。
その本は見た目からかなり年季の入ったものだろうことが分かる。
手入れもまともにされていなさそうだ。
これが最後まで売れ残ったのも納得である。
「どういう本なんですか?」
「そんなの、教えたら読むのとき面白くないじゃない。」
それもそうかと内心、得心してしまう。
「そんな訳の分からない本誰が買うんですか。」
「それはそうだけども。でもきっと読んだら驚くよ。強いて言うなら〝魔法〟の本、かな。」
「抽象的すぎでしょ。」
「まあまあ、ちょっとでいいから読んでみなさいな。お代は取らないんだから、何か減るものでもないんだから。」
そう言って、彼女は本を私の手へと差し出す。
渡された本に触れると、見た目通り、汚れまみれで、ちゃんと読めるものなのか不安になるほどで、少しザラつきもある。
一体全体どこの誰が保存していたのやら。
その質感に顔を歪めながらも、適当にページを開いてみる。
外見の割に中身は非常に綺麗な状態で保存されていた。
外見が明らかに古びすぎだ。
文章にも目を向けてみる。
と、その文面に驚愕した。
そこには幼い頃父が聞かせてくれた物語と非常に似ている文章があった。いやほぼ同じだ。
その表情から察してか、彼女は人差し指を顔の近くで私に向けながら、
「驚く内容だった?」
私に対する問いかけでありながら、確信を持ったような口調でそう告げる。
「気に入ったみたいだね。さ、持っていきな。」
そう言って彼女は私を促し、そそくさと自分のブースを片付けて足早に帰っていった。
そんな彼女を横目に、貰った本の表紙に再び目を向ける。
そこには、『英雄記』とのタイトルがうっすらと読み取れる。
子供向けの本だろうか、いやそれにしては文章が多すぎる。
それにしても、父がよく話してくれた物語と同じ内容であったのだ。
今まで、その物語が書かれた本を見たことがなかったため、少し新鮮味も感じたし、意外感もあった。
探そうとしていたわけではないが、意外な収穫となり自分でも驚く。
あまり知られた話ではないのだろうと思っていたが、こんなところで見つけられるとは幸先の良さを実感できた。
そんなこんなで私は家族の思い出を回想しながら、ロンメル家宅へと歩くのだった。
えびです。以上です。
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