29話 その男のポーション、爆売れ。
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できたばかりのポーションを持って俺が向かったのは、商店街の一角にある出店群であった。
この一帯はとくに行商人らが営んでいる店が多く、アイテム類の販売だけではなく、買い取りも行っている。
日が沈み、店の数こそ減っていたが、ポーションを中心に扱う店舗はまだ空いていた。
俺はその店のカウンター席につく。
自作のポーションを売りたい、と用件を言えば、あからさまにため息をつかれる。
「なんだ、ポーションの買い取りかよ……。客かと思ったぜ」
まだ営業時間内であるはずだが、この態度だ。
「もうポーションの仕入れなら十分だ。帰った、帰った」
「まぁまぁ、そう言わずに。今回作ったポーションは、肩こりによく効くポーションなんです」
「はっ! 効果部位を限定したポーションだぁ? ホラ吹くのも大概にしろよ。俺だって肩凝りに悩んでるが、そんなポーション見たことも聞いたこともねぇよ」
「お疑いになるなら、まずはどうぞ。こちら、ただで差し上げますから」
まぁまぁ、と『肩こり特化ポーション』を手渡す。
行商人の男はおそるおそるといった様子でそれを受け取った。
光の粒子がきらきらと光るその瓶をじろじろと見るが、その目に宿るのはいまだ疑いだ。
「だがねぇ、毒でも入ってるかもしれなんじゃ……」
「そう言うなら、私も飲みましょう。」
俺は持参してきていたうちの一本を飲み干す。
もう肩は軽くなっていたが、あえてぐるぐると回して見せた。
このまま捨てるのはもったいない。どうにか売り込みたかったのだ。
「……ま、悪影響がないのはたしからしいな」
行商人はそれを確認してから、自分も一本を飲み干す。
すると、どうだ。
「な、なんだこの感覚……!」
即効性、ばっちりだったらしい。
彼は自分の両手を見つめて、しばらく茫然とする。
「これまで抱えていた大きな荷物がすべて降ろされたみたいだ。こんなに軽くなるなんて……」
大きく驚嘆の声をあげたと思ったら、すぐに自分の口をふさぐ。
「このポーション、私に売ってはくれませんか。いますぐここで売ってくれるのなら、一本に5、いや10だしてもいい」
「えっと、5百ということですか」
ポーションの相場は、質の高いとされる上級ポーションで、約1千ベル。低級ポーションなら、200ベルほど。
まぁそんなものかと思っていたら……
「いいや違う。1万ベルだ。これは、貴族たちにバカ売れ間違いなしだ」
よもやの高価買取り話であった。
「そ、そこまでですか?」
「あぁ、今まで受け付けてきたポーションの中で最高の品と言っていい。どうやったら作れるんだ、こんなもの」
彼は驚きつつ、興奮しているらしかった。
なにやら早口で熱弁する。
……出来としては、中程度で完璧じゃないんだけど。
とは、今さら言い出せそうにない。
条件としては、まったく悪くなかった。
捨てるにはもったいない! の精神だけで、ここに持ち込んだのだ。
身銭程度になればと思っていただけが、これである。
思った以上に、精霊魔術の力は偉大らしい。ビアンコさまさまだ。
俺はその話を受けることとして、買い取りをお願いする。
「ありがとうございます! よかった、本当に助かりますよ。ぜひ、今後の取引もお願いしたい」
行商人にはこう賛辞され、かつ、丁重にお願いされたが、さすがに断っておいた。
学校教師をする傍ら、薬師の仕事も兼ねるのはなかなか骨がいりそうだ。
ポーションと引き換えに、金銭を受け取る。
締めて、10万ベル以上。
こんな大金を手にしたのは、いつ以来だろうか。
うっかりお酒でも飲みたくなるような金額だ。
ついつい飲み屋街を歩くのだが……どうも貧乏癖が染みついているらしい。
結局はどこにも入ることなく、宿へと戻った。
うん、とりあえず当面の宿代は心配なさそうだ。