21話 その男、基礎魔術を使っただけで称賛される。
「みんな、こちらを向いてくれるかな」
俺は生徒にそう呼びかけると、生徒らはわけがわからないままという様子だったが、半身の態勢で後ろを見やる。
レイブル教授は「勝手な事を……!」と眉間にしわを寄せているが、彼自身が蒔いた種だ。
俺はそれを見なかったことにして、はじめてしまう。
「今、レイブル教授がやった【浮遊】の魔術を、俺がやって見せよう」
俺はノートに、まずは魔術式を円形状に記していく。
「古代の魔術文字にて、これは『物体にかかっている全ての魔素から、「重」の魔素を引き算する』――そんな意味を成す式になっている。
魔術において魔素は、五属性にとどまらず、多種多様な魔素が存在する。その一つが、「重」の魔素で俺たちの肩に常にのしかかってきているものになる。
これを魔術式により、他のものへと移すことで浮遊が成功する」
俺はあたりを見回す。
なにかちょうどいいものは、と探して見つけたのは、教室後方に据えられていた掃除用具ロッカーだ。
「ちょうどいい、あれを上げてみせよう」
あんなものを? チョークでさえ、少ししか浮遊しなかったのに?
そんな懐疑的な声が聞えてくるが、掃除用具ロッカーくらい軽いものだ。
「紋様は、魔術の発動様式を決める。少し難しい話だが要するに、魔素の働き方を決める。
ここでは一つのもののみを持ち上げるから、凝縮型。他にも型があるが、凝縮型は五芒星の形になる。今回は簡単な魔術だから、紋様は単純にそれだけでもいい。
そして、最後に円を結んで魔力を流す」
俺は、魔術サークルの外円をペンで正確に早く結び、魔力を込める。
この正確性は、魔術師として生前より磨いてきたものだ。説明しながらでなければ、ものの数秒で書ける自信もある。
そして、この積み上げてきた自信は俺を裏切らない。
魔術は、真に理解している者が使用する場合のみ本当の強さを発揮するのだ。
掃除用具ロッカーが、さっきのチョークと違って、ふわりと自然に浮き上がる。
これだけで、教室がいっせいにざわめいた。
「ほ、本物だ! すごいよ、あの新しい先生」
「嘘だろ、まじかよ……ありえねぇ。あんな魔法、見たことねぇぞ」
この発言に、レイブル教授が反応する。
「ふ、ふん! こんなのまやかしに決まっている! どうせ、なにか仕掛けているんだろう⁉ 本当は風属性魔法なんじゃないのか⁉」
たぶん、自分の授業を否定され、主導権を奪われた腹いせもあろう。
かなり怒り狂っていたが、魔術と属性魔法の違いもろくに分かっていない時点で、魔術の指導者としては不適切だ。
「風属性魔法では、ここまで綺麗に浮きませんよ。なにか仕掛けがあると思うのなら、確かめてもらいましょう。君、いいかな?」
俺の一番近くにいた最後尾座席に座っていた生徒に、俺はその役割をお願いする。
彼は戸惑いながらもロッカーのすぐ近くまで行ってくれたので、俺は尋ねる。
「君、風は吹いているか?」
「……吹いていません。それに、このロッカー重さを全然感じない…………」
「そうだろう? それに、こうやれば、もう魔術の力であることを確信してくれるかな」
俺は魔術紋様を今度は円を中心とした図柄へと書き換える。
円の図柄が指し示すのは、「拡散」型。
これをやることでロッカーだけではなく、俺の付近にあった机、椅子、ペン、ノートなどすべてが浮き上がる。
「これが、本当の魔術だ。今は喪失魔術ともされている。……けれど、これで少しは魔術のすごみが伝わったんじゃないかな。魔素は、他にもある。「引」という魔素は一点に集めれば、ものを引っ張る作用があるし、その反対の「離」という魔素もある。たとえば「膨」という魔素は対象物をより大きなものに変える。それらの空気中における配合率は、場所によって異なるけどね」
俺は【浮遊】を解除しつつこうまとめる。
その時にはみなが前のめりになっており、一部から起こった拍手は教室全体へと広がっていった。
さっきまでは、死んだ魚のように興味のなさそうにしていた少女・ルチアの瞳も、きらきら輝いている。
「さ、さぁ、みな! そろそろワシの授業を……」
教壇の上でレイブル教授がこう呼びかけるのだけれど、
「アデル先生! 他の魔術も見せて!」
その言葉を遮るように、ルチアが前のめりになって俺にこうお願いをしてくる。
他の生徒たちも、「見たいな、それ」と同意して、期待に満ちた目を注いできた。
そうなったらば、レイブル教授の顔を立ててもいられない。
魔術を知らしめるいい機会だ。
俺は【補修】などの基礎的な魔法をいくつか見せる。
そうしているうちに授業の終わりを告げる鐘が鳴ったのであった。




