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16話 その男、ぼろ宿をも直す。



到着したのは、もう深夜の時間帯だった。


といっても、中心通りから一本入った路地にはまだ活気がある。


酒を提供する店が多く軒を連ねているためだ。


この賑やかさは都会ならではである。ある種の懐かしさもあったが、逆に言えば治安はあまりよくない。

中には、酔って道端に座り込むような人間もいて、ふたたび絡まれる危険性もあった。


そのため、極力会話を交わさないまま、馬を急かして足早に通り過ぎる。


「それで、押さえてくれた宿はどの辺にあるんだ?」


リーナについていき、まっすぐリナルディ家の屋敷前までやってくる。

馬を使用人たちに引き渡した後、こう聞けば、きょとんと首を捻られる。


「え、ここですが」


……はい?


「私の屋敷にご宿泊なさる想定で考えておりました。なにか問題があるでしょうか。幸い、屋敷内には部屋も余っておりますし……もし大きすぎる屋敷に慣れないと言うなら、なんなら――」

「いやいや、それはさすがにまずいんじゃないだろうか」


思わず、口を挟んでいた。


「なぜでしょうか。今、家族の者は地方の領土に出ておりまして、この屋敷には私と使用人しかおりません。問題はありませんよ」


うん、それはある意味、もっとよくないね……。


「問題だらけだと思うよ。結婚していない若い女性が、男をむやみに屋敷に上げる者じゃないし……」

「その点は心配しないでください。決してむやみではありませんよ。むしろ、先生でなければすぐにでも追い払っています」


信頼されすぎじゃないだろうか、俺。


「えっと、リーナは学校の理事で、俺はそこの新任講師になるんだ。あんまり密接な関係だと思われると、まずいだろ?」

「……それはそうですが」


不満があるのを押し殺しているのは、その引き結ばれた唇からひしひしと伝わってきた。


けれど、さすがにここは譲れない。

俺が安易に宿泊したことで、リーナの印象が下がって失脚なんてことになっては、申し訳が立たない。


元生徒の将来を、そんなことで潰したくはなかった。


その後もしばらく押し問答になったが、


「……夜のお店にはいかないでくださいね」

「いかないっての。そんな趣味もないし元気もない」


最終的には謎の確認をしてきたうえで、渋々ながら折れてくれる。


明日の予定を話し合ったのち、そこで別れた。



それから俺は、宿探しへと繰り出す。


もう日が変わっている。

この時間に受け付けてくれるところは、ほとんどなかった。そのため、格子状に作られた街の中を少しさまよう。

その末に、賑やかな表の通りから数本路地を入った小道で、一つの安宿を見つけた。


俺の財布にもどうにかなる良心的な価格だったことが、決め手だ。

まだ残業代が支払われていないため、貧乏そのものなのである。


「あの、本当にうちでいいんでしょうか……。最近はお客さんがほとんど来ないくらい、本当にぼろくて狭い部屋しか貸せないんですけど」


宿の見張り番をしていた二十代半ばごろと見られる女性が、控えめに言う。

が、それならばつい数日前まで住んでいた屋敷で慣れている。


「文句どころか、お礼を申し上げますよ。こんな時間に受け入れてありがとうございます」


俺は部屋の中へと案内してもらう。

すると、そこはたしかに年季が入った印象だった。


床の一部は毛羽立ち、扉の一部からは隙間風も吹きすさぶ。


「……本当にこんな場所でも?」


改めて聞いてくれるが、これくらいは問題ない。

俺は礼を言って、彼女が出ていったのち、指を握りこむ。


そうして魔術サークルを速記して使用したのは、【補修】の術だ。

不足しているものをスクリーニングして、それを補う各種魔素を自動で収集する魔術である。


完全に壊れたものを元に戻すことはできないし、高価なものも直せないが、木造の部屋には適応できた。


初級魔術の応用だ。

【鑑定】と【魔素収集】という、あらゆる術の基本になる式を魔術陣に組み込んである。


1000年前のかつては、多くの人が生活魔法として利用していたっけ。


やはり便利極まりない。

ブラック労働に従事していた頃の雑用も、魔術を使っていれば、かなり楽だったとは思う。

……まぁ万が一にも異端示唆されぬよう、完全に封印していたから、地道に直していたわけだが。


これで、あとはもう寝るだけだ。

そう思ったときにふと、後ろからがたりと音がした。


……どうやら、長旅の疲れでぬかったらしい。

ふり見れば扉が少し開いていて、その隙間から先ほどの女性に見られてしまっていたのだ。


「す、すいません……見るつもりはなくて……。本当にこんな部屋で大丈夫かなぁと思って、心配で、私……覗くつもりはなかったんですけど、どうしよ……」


そうだとしたら、責められるわけもない。

それに今回は癖で隠れて使おうとしてしまったが、よく考えればもう隠すこともないのだ。


これから、王国一ともいわれる魔法学校で指導しなくてはならないのだから。

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