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14話 その男、魔術で魔毒をも治療する。

こちらへ戻ってこようとしていたリーナだったが、足がその場で止まる。

横手の方にふいっと顔を逸らしたかと思えば、上着の裾を強く握りしめた。


「やはり先生には隠し通せませんでしたか……」


やがて、ぼそりと呟く。


「久しぶりに再会したんです。先生の生徒として、魔術も魔法もうまく使えるところを、先生がいない間にも成長した姿をお見せしたいと思っていたのですが……」

「なるほど、それが理由でワイルドボアくらいの強くはない相手に、あんな大技に出たんだな」


「申し訳ありません。大技であれば、細かい操作に不安があっても見抜かれないだろうと考えました。やはり先生の目には敵いませんね」


声はだんだんと暗くなり、最後には消え入りそうなくらい小さくなる。


とぼとぼとした足取りで馬の方へと戻る彼女の背中は、急に頼りない。


魔法学校の理事を務めるまでになったとはいえ、まだまだ20と若い彼女だ。容姿や振る舞いは立派に大人になったとはいえ、まだ精神的に脆い部分もあるのだろう。


そんなかつての生徒の姿を見てしまって、力にならないわけにはいかない。


――ひとつ、思い当たる理由もあった。


「リーナ、ここで少し魔法を使ってみてはくれないかな。あの木の前にある岩に水球を当てるんだ。威力はなくてもいい」


検証のため、彼女にこう頼みこむ。


「うまくいきませんよ、今の状態では」

「それでもいいんだよ。とにかくやって見せてくれればいい」

「……分かりました」


リーナは腕輪を外し、手のひらを岩の方へと向ける。

そして、水球を作り出していくのだが……この時点で魔力の波に乱れがあった。


本来なら、それこそ川の流れのように脈々として感じるはずが、途中で遮断されているのだ。


そんな状態では、うまく扱えないのは火を見るより明らかだった。


リーナの放った水球ははじめからとんでもない場所に飛んで行ってしまう。


「やはり、ダメですね。お恥ずかしい限りです……先生に教わりながら、この程度もできないなんて。

この状態になってだいたい半年ほどです。これが、スランプというものなのでしょうか」


たしかに、スランプだと考えるのも無理はない。

これまでできていたことが、なにかのきっかけで、できなくなるという話はよくある。


でも、今回のリーナに関してはそうではない。


「魔毒だな」


魔力の流れを見て確信した俺は、再び風球を練り直そうとしていた彼女にそう告げる。


「魔毒……? それって、先生が昔教えてくれた――」

「あぁ、それだ。蛇系魔物・サーペントの肝を煎じて粉にして、作る毒だな」


「でも、そんなものを盛られた覚えはありませんよ」

「たぶん少量ずつ、何者かによって盛られたんだろうな。今のリーナの身体は、しらずのうちに毒でおかされているんだ」


「……魔毒。スランプじゃなかった……?」

「大方、リーナの失脚を目論む輩の仕業だろう。心当たりはあるか」


「……それは、正直いろいろ。理事の立場がありますから狙われやすいんです。

それより、どうすればよいのでしょうか。魔毒といえば、かなり厄介なものだったと記憶しているのですが」


そう、この魔毒に侵された場合、光属性魔法・ヒールで簡単に治りはしない。


進行が目立たない分、治りも悪いのだ。光属性の力を貯めたポーションで、時間をかけてその力を取り除いていくほかない。



――あくまで、属性魔法しか使えないのならばの話だが。




「リーナ、少し俺に手を貸してくれるか?」

「えっ……⁉」

「嫌でも貸してもらいたいんだ。少しだけでいい」

「全然これっぽっちも嫌じゃありません。なんなら今後ずっとこのままでも構いません。…………どうぞ」


彼女はなぜか白すぎる頬を真っ赤にして、目を瞑った状態でこちらに両手を差し出してくる。

やたらと力が入っていたから、まずは少しほぐしてやって、


「くすぐったいです、先生……!」

「悪い。もう大丈夫だ。少しずつ魔力を手に集めてくれ」


こう促した。


そのうえで魔術サークルを空気中に速記して、彼女の手のひらに展開させたのは、魔術・【選別】――。


本来は、特定の魔素のみを空気中から抽出する術。だが、その術式を少し書き換えてやれば効果を変えられる。


魔物の放つ瘴気以外を通さないよう、フィルターを組み込む。


……すると、どうだ。

魔力を込めた彼女の手から吹きあがるようにして出てくるのは、魔物の瘴気たる毒素のみ。


黒いすすのようなものがどんどん空気中に放たれて、風に吹かれて消えていく。


「すごい、本当に体の中が軽くなる感覚があります、先生……!」

「なら、このまま最後までいくよ。もっと出力をあげるんだ」

「はい!」


素直に従ってくれるリーナの協力もあり、やがて黒すすの勢いが弱くなっていく。

そして最終的に、なにも出てこなくなった。


「うん、魔力が身体中を一周したらしいね。よし、もう一回やってもらえるか、リーナ」

「……はい。今なら、できる気がします」


リーナはそう言うと、少し前へと出た。

さっきと同じ動作で初級魔法・水球を発動する。


今度は魔力の流れからして、大変美しかった。

綺麗な水の渦が彼女の右手のひらの上で固まり、左手を添えることで放出される。


それはまっすぐに飛んでいき、木の真下にあった岩にうち当たった。

完璧と言える魔法制御であった。


それを見届けてから、俺は一つ頷く。


「うん、完璧に治ったな。よかったよ」

「先生、やはりあなたは本当に私の救世主です……! 本当に、あなたに会えてよかった」


後ろを振り返ったリーナは、ぼろぼろと涙を流しており、そのままこちらへ崩れこむように倒れこんできた。


よほどこの半年間、苦しみ続けていたらしい。

理事にまでなったというのに、自身が魔法をまともに扱えないという状態は、思いをやるだけで胸の奥が締め付けられる。


ただ泣き続ける彼女の頭を、俺は一つ撫でやる。


そのまま、しばらく慰めることとなったのであった。



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