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13話 その男、元生徒の不調を一瞬で見抜く。

「いい快晴ですね、先生。きっと天気も先生の選択を祝福しているのですよ」


出立の日は、それから二日後になった。


そもそもまともな暮らしをしていたわけじゃない。

リーナに手伝ってもらうと、荷物の少ない家の片づけはすぐに済んだ。


とくに別れを惜しむような友人がいなかったのも大きい。

ここでの日々は、とにかく仕事に支配されており、人付き合いする余裕などなかったのだ。


「彼女とか、妻とかはいないのですよね」


ただ、片づけの最中リーナにこう聞かれたときは、少し答えに躊躇した。

まともな人間ではないと思われるかもしれない、そう考えたためだ。


が、しょうもない見栄を張ったところで、どうせすぐにばれる。


「あぁ、そんな余裕はなかったからね。家庭を抱えるなんて考えられないよ」


正直に言えば、


「……そうですか、独り身ですか。それはよかったです」


なぜか独身を喜ばれたのは、本当に謎だった。

それから、やたらともじもじしていたのも。



ともかくも、そんなこんなうちに片付けは無事に終わり、翌朝。

俺たちはリーナの手配した二頭の馬にそれぞれ乗って、王都へ向けて出発した。



本来なら、旅程は約一日を要する。


山や森に囲まれた盆地に作られた王都までは、それらを迂回するようなルートを通らなければならず、直線距離よりかなりの時間がかかるのだ。


しかし、リーナは少し急いでいるらしかった。


「実は少し滞在日程を引き延ばしておりました。このままでは、学校内の各種決裁に滞りが出てしまうかもしれません。ダンジョンを通り抜けていきませんか」

「もしかして、『惑いの森林』か? たしか中級にあたるダンジョンだったよな」


『惑いの森林』ダンジョンは、王都の右側を囲うように存在しており、かなりの大きさを誇る。


普通ならば大回りをする必要があるが、突き抜けていければ、移動距離は短くなる。そのぶん、所要時間も半日程度には短縮できるだろう。


「はい。私は、すべてのランクのダンジョンに立ち入る権利を持っております。入ることにはなんの問題もありません」

「俺は構わないよ。そういうことなら、君に任せるよ、リナルディくん」

「……ありがとうございます、いつまでも手のかかる生徒で申し訳ございません」


そう謝罪してからリーナはたづなを操作して、馬の進行方向を変える。


が、すぐに止めて俺の方を振りかえった。

その割に、なぜか視線は空の方を向いている。


「それと、リーナとお呼びください、先生。もう生徒じゃないので」

「……先生って呼んでるし、どっちなんだよ」

「時に生徒であり、時に生徒じゃないんです」


都合がいいな、それ。


ダンジョンは基本的に、光属性の魔力が込められた魔物避けの柵で囲われている。

そのところどころには扉が設けられており、ダンジョン内にはそこから入る。


見張りの衛兵に、許可証を見せると通行が許されるのだ。


馬に乗り直して一歩中へ踏み入れる。


なかなかの瘴気だった。

やはり、『密の山』のような初級ダンジョンとは違って、肌にぴりぴりとした刺激を感じる。


「さすがは中級だね。かなりの瘴気だ。最近じゃ『密の山』しか行かなくなっていたから、完全に忘れてたよ」

「なにをおっしゃいますか。先生にしてみれば、大したことないはずですよ。あのヒュドラを簡単に倒すんですから」


だからって、ブランクはある。

俺がいつもより周りに警戒をしていると、草陰の奥から猛然と足音が迫ってくる。

道を塞ぐようにして現れたのは、群れをなす猪型の魔物・ワイルドボアだ。


まだ距離はあったが、目が合ってしまったら、彼らの標的は完全にこちらへと定まる。

俺はすぐに指を握りこみ魔術の発動に移ろうとするのだけれど、リーナが腕を開いてそれを止める。


「先生、ここは私にお任せください」


馬を下りると、ワイルドボアの前にたちはだかった。


彼女はそこで腰の裏に刺していた小ぶりの剣を抜く。同時に腕をまくると、現れたのは懐かしいものだ。


「リナル……リーナ、その腕輪って」

「覚えていらっしゃいましたか。かつて先生に授けていただいた魔術具ですよ」


「……だが、それはあくまで試作品と言っただろう?」

「ふふ、関係ありません。魔術サークルが刻んであって、その生み出す威力を剣の中に宿らせられるなんて優れもの、他にありません。それにどんなものであれ、他ならぬあなたにいただいたものですから」


彼女が剣を握る左手にぐっと力が入る。

腕輪には、小さな魔術サークルがいくつか施してあった。そこを魔力が既定の形で通り、剣へと伝えられる。



それにより、剣身に青字で刻まれた術式は、【強化】。

属性魔法と同系統の魔素を利用して、属性魔法の威力を引き上げるのだ。


「おおらかなる恵みの水よ。いま激流となりて、敵を払わん!」


属性魔法の詠唱が加えられる。

自身の魔力と、あたりに漂う魔素を変換した力。その二つが合わさることで、渦を巻くような水の波動が生じていく。若干乱れがあったものの、それらは最終的に剣を中心にまとまった。


濁流波(アクアロドーサ)!」


横薙ぎの剣閃により、それが放たれる。


……すると、どうだ。

水の渦はさらに肥大化しつつ、ワイルドボアのほうへと放たれる。


視界が掻き消えるくらいの大きな技であった。

収まったかと思えば、なぎ倒された木々にまみれて、かなり遠くの方でワイルドボアが数体倒れていた。


「先生のように、速記はできませんか……。教えて貰った魔術と、属性魔法の両輪で戦う。それが私のスタイルです……!」


リーナは腰元に剣を戻し入れてから、こちらを振り返って、すこしだけ首を傾けて笑う。


息を切らしていたから、かなりの大技を使ったらしい。


それにしてもまぁ、とんでもない威力だ。

俺がいなくなってからも、魔術の鍛錬をしていなかったら、こうはいかない。


……が。


「リーナ。これはあくまで俺の予想なんだけど、最近不調だったりしないか」


一方では、違和感も覚えていた。




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