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11話 その男、決断する

「……あの、そもそも誰なんだ、君は」

「あぁ、そうだった。申し訳ありません、自己紹介が遅れました。ぼくは、エリ・エルスター。年は23、冒険者をしている者です」


おいおい、と俺は内心おののく。

……その名前と華々しい実績は、5年間田舎で暮らし、情報に疎い俺でも知っていた。


数いる冒険者の中でもトップクラスの実力を誇り、一人で上級ダンジョンをも踏破したことのある実力者にして、『疾風の剣聖』とまで呼ばれる女性だ。

容姿の美しさもさることながら、その実力は折り紙付き。


誰もに求められる冒険者で、一人で億ベル以上を一年で稼ぐとも聞いたことがある。



となれば、不思議な点だらけだった。


「な、なんで、あなたのような人が俺を勧誘するんです? それこそ一人でも十分なんでは……」

「ぼくは、より強くなりたい。未曽有の敵に遭遇しても、立ち向かえる力がほしい。そのためには、さらなる進化が必要になります……。色々な手を尽くしてきましたが、その一つとして喪失魔術の習得が近道であると考えたのです」


それが五年前、まだ俺が教授をしていた頃のこと。

いつか教えを乞おうと機会を窺っていたところ、俺が追放されてしまったそうだ。


それからというもの。


エリは冒険と鍛錬で全国を行脚するかたわらで常に俺を探していたらしい。

そして今回なぜここへ来たのかといえば……


「ヒュドラを誰にも気づかず倒せる人間は、そうはいません。ぼくにもまずできない。となれば、あなたしかいないかと」

「またそれかよ。君らなんなの、ほんと」


普通、それだけで俺だと分かる人間は、そういないはずなのだが。

これでもう2人目ときていた。


こんなの謎の英雄でもなんでもない。ばればれじゃねぇか……!


一人、がっくりとくる俺に、


「それで、どうでしょうか。ぼくとともにこれから北方のダンジョンへ行くというのは。

今受けている依頼から、加わってもらいたい」


エリは長いまつ毛を伏せながら、こう投げかける。

そんな突然の申し出に答えたのは、俺ではなくリーナであった。


「残念ですね、エリさん。もう遅いです。私が先に勧誘したんです。

 あなたのような一流冒険者相手でも、今回は引けません。先生には、王立第一魔法学校に来ていただきます」

「まだサインをしたわけではないのだろう? ならば、ぼくにも誘う権利があると思うが? 今ならそうだな……賞金の山分け、家の保証、それから……ぼくがなんでも言うことを聞く権利もつけますが」


いや、なにその子供じみた権利は。



「望むのなら、その、どういったものでも構わない」


頬を朱色に染めて、恥ずかしそうに口元を覆い目を逸らすエリ。

その可憐な姿に一瞬だけ邪な想像がよぎったが、リーナがぎろりとエリと俺を睨み付けるから、すぐにかき消えた。


「先生は喪失魔術学に必要な人です。あなた個人の理由だけで好きにできるような人ではありません。そんな色仕掛けは無駄です」

「そういう君も、個人的な感情で動いているんじゃないかなリーナ。顔が赤くなっているよ。単にアデル様のことを好いているだけじゃ」

「な、なにを……!? 話を逸らさないでください」


などと、当の俺を前にして、舌戦が繰り広げられる。


二人の身分はかなり高いのだけれど、その内容はまるで痴話げんかの領域だ。

俺は、「なんだこれ……」と、二人の前で棒人間と化すしかできない。


「私と来ますよね、先生」

「いいえ、ぼくと来てください」


そして最後、二人に両脇から袖を引かれて決断を迫られた。


綺麗な女性二人に見上げられて、俺はたじろぐ。一歩、二歩とうしろに下がりながらも、真剣に一考する。


どちらを選んでも今より何もかもの環境がよくなるのは間違いない。だが、自分の心に素直に従えば、やりたいことは決まっていた。


「エリさんには悪いけど、とりあえずは魔術の研究をしたい……かな」


俺は、エリからの誘いに断りを入れる。


「先生…………!!!!」


感激からか、赤くなった顔を両手で覆うリーナ。

一方で、エリの方は少し顔を俯けていた。


「そうですか……。残念ですが、分かりました」


しばらくは沈んだ様子だったが、やがて顔を上げた彼女はにっと歯を剥く。快活なその笑顔は、かなり明るい。


「でも、これでアデル様の居場所も分かりました。今は依頼で時間がありませんが、近いうちにご指導を賜りに向かいます」


その眩しさには、一瞬ぐらりときたが、リーナに袖を引かれて正気を取り戻す。


結果その日に俺は、王立第一魔法学校での勤務契約書にサインを行った。

学長の追放され、失業し、二件も勧誘された上で新しい仕事が決まる。


俺にとって、節目になるような劇的な1日であったことは間違いない。

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