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「マギ」(MAGI):マギ

#記念日にショートショートをNo.26『そして鏡はひび割れた』(And then,the mirror cracked.)

作者: しおね ゆこ

2020/1/11(土)鏡開き 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n3901id/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/ndd768c2b8f79)

【関連作品】

「マギ」シリーズ

 12月31日から1月1日に日付が変わり、新しい年がやって来た。夜の繁華街では、特別な日に浮き立っている人たちが酒を飲みどんちゃん騒ぎを繰り広げている。

 「Happy New Year!今年もよろしく〜。」

真っ赤な口紅とカラコンの派手なメイクに、オフショル&ヘソ出しのひらひらの薄っぺらい服を着たいかにもバカそうな女が、路地に張り出したイタリア料理店のウッドデッキの上で、キャハハと笑いながらジョッキ片手に生ビールを(あお)っている。耳はもちろん、鼻と唇とヘソにピアスを付け、髪はド派手なピンク、手と足の爪にラメ入りの色とりどりのネイルアートも忘れていない。全体的にちぐはぐしていて、目が痛い。時間は午前0時をとっくにまわり、気温は10°Cに行っていないくらいに肌寒いのに、気温も分からないのかあのバカ女は。まわりにも同じような女が群がっている。明らかに、チャラい。そしていかにも頭が悪そうだ。

 ギャハハハと笑いながら、女の肘がテーブルの上にあったジョッキにあたり、傾いだジョッキが隣の平皿を巻き込みながら派手な音を立てて道路に砕け散った。ガッシャーン!という音とともに、ジョッキの中身と平皿の料理が道路に散らばる。

「ちょっと〜何落ちてんのよ。まあいっか、服汚れてないし!どーせマズい野菜だけだったからな!」

あの女は常識すら持ち合わせていないらしい。割れた食器や中身をそのままに、立ち上がる。あのただでさえ小さい脳には男を引っ掛ける方法しか入っていないようだ。ああいう頭のないバカな女は嫌いだ。クズ女め。あんな女は生きている価値などない。お望みどおり、天罰を下してあげよう。

 女が満足そうな笑みを浮かべながら店を出てくる。ウッドデッキのステップに足を掛けて、札束をゴールドの革財布にしまい、肩掛けバッグに突っ込んでいる。どうせホステスかなんかで儲けた金だろう。汗水泥水を全く感じずに、全く世の中は不公平だ。

女が路地を闊歩し仲間と歩いてくる。

わざと髪をぼさぼさにし、潜んでいた電柱の陰からふらりと姿を現す。向かって来るあの女どもに、地面を見ながら正面から向かって行く。

「…そんでねー、イタッ!!」

隣の女と話しているヤツに半身を思いっきりぶつけ、下を向いたまま無言で横を通り過ぎる。

「なにアイツッ!ちょー感じワルッ!」

背後から女のイラついた声が聞こえる。それを聞きながら、顔を下に向けたまま口元を歪に歪める。案の定気付いていない。ダウンジャケットのポケットから奪った札束を覗かせる。

これで今年も、不味い餅が食える。



 13年前の大晦日に、母と姉は死んだ。父親を幼い頃に交通事故で亡くし、僕等を女手一つで優しく育ててくれた母と、いつも明るく7つも歳の離れた僕の面倒を見てくれていた姉は、ギャルの女たちに集団リンチの末に殺された。当時まだ僕は10歳で、大晦日の夕方に高熱を出して寝込んだ僕のために、夕方頃からお菓子を買いに、母と姉は出掛けていた。家でいくら待っても母も姉も帰って来ず、緋い夕日が沈み、たった一人の家に夜の闇が押し寄せてきたのを、今でも覚えている。これ以上ないくらいに炎のように真っ赤に燃えていた緋い夕日の色が、暗い夜の闇に閉ざされ、家の電話が怖いくらいに震えたあの時、あの瞬間の恐怖を。刑事さんが言っていた、あの言葉の憎しみを。

「犯人は数人のギャルたちだ。」と。

 事件後、一人になった僕を捨ってくれる親戚は誰一人としておらず、それ以来、中学にも高校にも行かず、僕は一人で、母と姉を殺したあいつらに復讐するためだけに、これまで生きてきた。

一人になってからの13年間、あいつらに似たギャルを見ると、どうしようもなく、「殺してやりたい」と全身が、僕の魂が疼く。

自分の名前なんて忘れてしまった。

母の名前も、姉の名前も、父の名前も。

靄がかかり、顔もよく思い出せない。

それなのに、遠い遠い昔の、母のあの言葉だけは、忘れることはなかった。

「……、命を殺してはだめなのよ。」

だから、唯一覚えている僕の記憶だけは、破らずに守ってきた。

どんなに憎くても、どんなに殺してやりたくても。

僕はスリに手を染めた。

殺さず、傷付けず、あいつらを懲らしめる方法。

13年間、足がつくこともバレることも、一切無かった。

自分は天才だって、ずっとわかっていた。天才には信者が存在する。僕に会ったことも僕の顔を見たこともないクセに、信者の増殖は(とど)まるところを知らなかった。僕に「魔擬薔(まぎば) 緋稀(ひき)」という名前がつけられ、「マギ」と呼ばれているらしい、そんな噂を聞いた。

僕はこの名前が好きだった。

音の響きも、見た目も好きだった。

だから、僕を慕ってくれる信者の存在が、ありがたかった。

僕は特に、「緋」という字が好きだった。

ひたすらに毒々しい赤の、神秘的な感じのするこの字が好きだった。

少しだけ、懐かしさも覚えた。



 家に帰り、部屋の電気を点ける。夜、スリをする以外は、普通の会社員として働いている。

 マンションの表札は「福上(ふくがみ)」。適当に考えた偽名だ。下の名前は、「緋人(あきと)」。こちらも適当に考えた偽名だが、信者がつけてくれた名前の「緋」という字を、どうしても使いたかったので頂戴した。

 近所の人にも愛想良く振る舞い、「イケメンで高身長の、優しいお兄さん」と評判も良い。

自分の人生は順調に進んでいた。



 この家にあるものは、マンションを転々とする度に変えてきたが、一つだけ、ずっと使い続けているものがある。

まだ家族がいた頃、母と、高校生になって急に化粧に興味を持ち始めた姉がたまに使っていた、鏡台だ。

鏡は扉で閉ざされていて、両側に開くタイプのものだ。男の僕が使うことはないけれど、捨てられなかった。



 例年通り、買って来た餅を扉の前に置く。食べることなんて無いのに、何故か毎年、今日の鏡開きの日になると買ってしまう。鏡の前に置いたまま、食べることなく、餅は腐り、そして掃き溜めに消えていく。

 何年も開いていなかった鏡の扉を開ける。

骸骨に皮一枚貼り付けたような、僕の身体。家庭の温かさとは無縁の、僕の身体。痩せ細った、僕の姿が映っていた。

僕だけじゃない。

隣に母と姉と、父も立っている。

思い出せなかったのに、今も思い出せないのに、隣に立つ人が母だと、姉だと、父だと分かった。

「父さん…?」

背の高い男性が頷いた。

「姉ちゃん…?」

上手に控え目なメイクをした女性が、笑った。

「母さん…?」

少し白髪のある女性が手を伸ばした。

視界がぼやける。涙がこぼれた。

「やっと会えたね……。」

母に手を伸ばす。母の手が僕の手を掠め、眼前に迫り、そして首に触れた。手に力が籠り、きついくらいに、首を抱き締める。

「忘れてしまったのね……。」

耳元で朧げな声が囁く。

遠くでガラスの割れる音がした。

緋い筋が、手から、足から、顔から、首から、胴体から流れ、海のように肌を流れる。

「いま行くよ……。」

ガラスに反射して、世界はキラキラと輝いていた。




「…ニュースをお伝えします。○○市××町のマンションの一室で、若い男性の遺体が見つかりました。男性は都内に住む会社員、福上緋人さん23歳で、福上さんの身体にはあちこちに割れた鏡の破片が刺さっていたようです。死因は福上さんが鏡開き用に購入していた餅を、4つ同時に食べてしまい喉に詰まらせてしまったことによる窒息死と見られています。


…えっ、名前が違う?偽名?本名は幸神(こうがみ)……?……」






 「萌炎(もえ)ー、悠緋(ゆうひ)ー、善哉できたわよー!」

母が台所から呼ぶ声が聴こえる。

太輝(たいき)さんお手製の善哉、わたし好きよ。また作ってくれてありがとう。」

陽夏(ひな)が喜んでくれて良かったよ。」

父と母が見つめ合い、やわらかく微笑んでいる。

まもなくテーブルに、善哉が運ばれてきた。

「やったー!いただきます!」

お姉ちゃんが器にさっそく手を伸ばした。

悠緋(ゆうひ)も食べなさい。お父さんがせっかく作ってくれたんだから。」

座布団に座ったまま微動だにしない僕に、母が言う。

「いらない。こんなの好きじゃないし。」

「そんなこと言わずに、一口食べてみなさい。ほら。」

母の手が僕の器に伸びる。

「いらないっつってんだろ!」

思わず払った手が母の手を殴り、器をひっくり返した。

テーブルに善哉がこぼれる。

空気がしんと冷えた。

「…悠緋(ゆうひ)、誰にでも嫌いなものはあるから、食べられないのもわかるわ。だけど、一口だけでも食べてみるとか、せめて、その食べ物に謝らないと。善哉は食べ物だけど、命があるのよ。お餅も小豆も、生きているのよ。食べ物を粗末にするってことは、その食べ物を傷付ける、命を殺す、ってことなの。何かを傷付けては、命を殺してはだめなのよ。」

僕を見る母の顔は、悲しそうだった。

「……、

こんなのいらない!」

それでも口から飛び出した言葉は残酷だった。

【登場人物】

●マギ(Magi)/魔擬薔 緋稀(まぎば ひき/Hiki Magiba)/福上 緋人(ふくがみ あきと/Akito Fukugami)/幸神 悠緋(こうがみ ゆうひ/Yuuhi Kougami)


〜マギの家族:幸神(こうがみ/Kougami) 家〜

○陽夏(ひな/Hina):母

○萌炎(もえ/Moe):姉

●太輝(たいき/Taiki):父

【バックグラウンドイメージ】

【補足】

①タイトルについて

「鏡開き」ということで、まず実際に〝鏡(mirror)を開く〟ことを連想,さらに「鏡」という言葉から推理小説家アガサ・クリスティー(Agatha Christie)氏の『鏡は横にひび割れて』(The Mirror Crack'd from Side to Side)を連想しました(『鏡は横にひび割れて』(The Mirror Crack'd from Side to Side)は推理小説ですがタイトルからホラー感を感じたため、今作はホラーテイストとする予定だったのですが、書き終えてみるとホラー感があまり無い気がします)。

次に、タイトルが「鏡はひび割れた」のみだとしっくり来ないと感じたので、同じくクリスティー(Christie)氏の『そして誰もいなくなった』(And Then There Were None)から「そして」を拝借し、『そして鏡はひび割れた』(And then,the mirror cracked.)としました。

②登場人物の名前について

○主人公:マギ/魔擬薔(まぎば) 緋稀(ひき)福上(ふくがみ) 緋人(あきと)幸神(こうがみ) 悠緋(ゆうひ)

・偽名「魔擬薔(まぎば) 緋稀(ひき)

タイトルの『そして鏡はひび割れた』(And then,the mirror cracked.)から、〝鏡(KAGAMI)〟に〝ひび(HIBI)〟が入るということで、「KAGAMI」+「HIBI」=「KAGAMIHIBI」のアナグラムにして、「鏡(KAGAMI)」に「ひび(HIBI)」が入るようにしました。


kAGAMIhiBi *名字:大文字,名前:小文字

⬇️

MAGIBA HIKI 魔擬薔(まぎば) 緋稀(ひき)


マギのイメージから、氏名の漢字は敢えて忌まわしそうなものを選びました。

・本名「幸神(こうがみ) 悠緋(ゆうひ)

名字は、人物像を少しではありますが拝借させていただいた『PSYCHO-PASS』の主人公・狡噛慎也から、その名字を気に入り、〝こうがみ〟という音をいただきました。名字にどの漢字を充てるかについては、幸せになれなかった主人公・マギに対してのアイロニーとせめてもの希望(救い)を表すために、また、神のような天才的な要素を持たせるために、「幸神」という漢字を選びました。

下の名前は、「赤」や「火」,「太陽」のイメージから取りました。また、作中でも触れていますが、「緋」という漢字が、純粋な〝赤・紅〟ではない、〝毒々しさ〟や〝神秘さ〟を有していると私は感じており、あの日「悠緋(ゆうひ)」が恐怖を抱いた「夕日」も含ませたいと思い、〝ゆうひ〟という音に決めました。

・偽名「福上(ふくがみ) 緋人(あきと)

「幸神」と同じ理由から、「幸福」の2文字目である「福」と「神」を表す「上」を組み合わせました。

・呼称「マギ」

偽名「魔擬薔(まぎば) 緋稀(ひき)」にかっこ良いあだ名を持たせたいと考えた時に、偶然にも、名字の最初の2文字を取ると音的にもイメージ的にもしっくり来たので利用しました。

○マギの家族

マギの本名「悠緋(ゆうひ)」と同じく、「赤」や「火」,「太陽」のイメージから取りました。

姉:萌炎(もえ)/母:陽夏(ひな)/父:太輝(たいき)

③概要・あらすじについて

主人公の魔擬薔(まぎば) 緋稀(ひき)は、「マギ」と呼ばれる天才スリ師です。父・太輝(たいき)を幼少期に交通事故で亡くし、さらに13年前の大晦日、自身が10歳の時に、母・陽夏(ひな)と7歳離れた姉・萌炎(もえ)(当時高校2年生)をギャルの女たちに集団リンチの末に殺されました。

小学校は卒業しましたが、親戚との関係が険悪だったために誰にも拾われず、小学校卒業以来、中学も高校も(当然大学も)行かず、一人で生きてきました。

元々天才であったため、一人暮らしも不便なことはなく、母と姉を殺したギャルと似たチャラくてバカそうな女を見かけるとスリをするようになり、10歳頃から今までの13年間、名前を捨てて自分の名前を忘れ、スリに堕ちていきました。事件のショックで記憶を一部失ってしまったということもあるのかもしれませんが、それでも〝緋〟という漢字だけはどこかで記憶に残っていたみたいです。

マギが唯一覚えている母の言葉は「……、命を殺して

はだめなのよ。」ですが、この「……、」にも意味があり、これは最後のシーンで判明します。マギは覚えていると思っていましたが、実は最後の部分しか覚えておらず、毎年餅を食べずに捨てている上、スリをして誰かを傷付けてしまっているので、鏡のシーンで現れたマギの母は、「忘れてしまったのね.....。」と言いながらマギの首を抱き締めます。

④鏡開きについて

本来の行事である「鏡開き」は、正月に神仏に供えていた鏡餅を下ろし、雑煮などに入れて食べることを指します。なので、僅かではありますが、その要素も絡めました。

【原案誕生時期】

公開時

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