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夢の値段

 翌日。昨日と同じ場所に足を運んだ俺を出迎えたのは列を成した冒険者達だった。どうやら一夜にして噂が広まったらしい。どいつもこいつも期待に胸を躍らせたアホ面で俺の到着を待っていた。


 最後尾の奴が俺の姿を見かけるなり指をさして歓声を上げた。狂騒が伝播していく。おいおい、ただの鑑定士風情に向ける熱じゃねぇぞ。

 騒ぎ出した連中を治安維持担当が怒鳴りつけるが、集団は一向に黙る気配がない。それどころか勢いを増す始末だ。列に近づくに連れその声が聞き取れるようになる。


「来た! 来たぞッ! イレブンさんだ!」


「千金の秤が来たぞ!」


「早くしろ! 俺は四つも呪装を持ってきたんだ!」


「ちょっと! 一人一個までってルールは守んなさいよ!」


「俺にも夢を見させてくれよなぁ! 頼むぜおい!」


 なんというか、甘く見てた。馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかった。

 ブレンダの後に鑑定した百二十点の品の中で、売れば金貨に届きそうな品は二点しか無かった。たった二点だ。それも、良くて金貨数枚だろう。

 一発目のインパクトがデカ過ぎて麻痺しているようだが、呪装ってのは大体そんなもんだ。どんな運命のイタズラなのか知らないが、本当に、たまたま一発目が伝説級の当たりだったというだけのこと。


 それをコイツラと来たら……俺を幸運の使者かなんかだと勘違いしてやがるな? まあ勝手に盛り上がる分にはタダだ。夢を見たいなら……その分の金は貰うまでよ。


 興奮に湧く群衆に片手を上げて応えた俺は、一つ咳払いしてから人好きのする笑みを浮かべて言った。


「お集まり頂いてありがとうございます。では本日も、皆様の夢の値段を量りましょう」


 ▷


 千金の秤。どうやら、それがイレブンに付けられた仇名らしい。


 その場のノリやら勢いで生きてる冒険者連中は、酒場の席や井戸端で話すときに針ほどのことを棒ほどに言う生態をしている。噂話に尾ヒレだけでなく背ビレも付ける。なんなら化粧で整えてからアクセサリーも付ける。最後にリボンでも飾れば実物とかけ離れた化け物の出来上がりって寸法だ。それが今の俺。


 何だよ銀貨一枚にもならないクズ品を金貨千枚に変えた男って。噂にしたって限度があるだろ。【追憶(スキャン)】は錬金術じゃねぇんだぞ。馬鹿かよ。馬鹿だったわ。


 まあ本気で思い込んでる奴はいないだろう。クズ品と査定したら突っかかってきた奴は一人、二人いたが、すぐに周りの冒険者に取り押さえられて道端に転がされた。

 今の俺を敵に回すということは、すなわちここに並んでる全ての冒険者を敵に回すということと同義なのだ。布陣は盤石である。


 鑑定は滞りなく進んでいる。三十ほど鑑定し、それなりの品が二つあったので盛り上がりは上々だ。中には再整列して残りの呪装も見てもらう気のやつも居る。しばらくは金に困らないなこりゃ。


 内心が表情に出ないよう留意しながら鑑定を進める。赤黒い不吉な色をした柄と捻じくれた刃を持つ短剣。

 およそ真っ当とは思えないシロモノを差し出したのは魔法使いと思われる女だ。拳が白くなるほど握りしめ緊張の面持ちを浮かべている。


 この緊張具合……初鑑定か?

 相方なのか、後ろで槍を背負った男も固唾をのんで見守っている。こんな毒々しい短剣に何を期待しているやら。内心呆れながら俺は【追憶(スキャン)】を使用した。



 刃は骨 柄は血肉 魔力は楔

 降ろす奇跡は女神の一撫で 終わる命に吹き込む再起の熱

 血よ沸け 肉よ踊れ どうか今一度の隆盛を

 ――こんなところで終われないんだ


 隻腕隻脚の男が赤黒い短剣を心臓にぶっ刺した



 なるほど、これは……難しいな。有用だ。間違いなく有用だが、ううむ。


「ど、どうですか……?」


「金貨二十から二十五、といったところですかね」


 地鳴りのような歓声が上がる。ブレンダに次ぐ二番目の高額査定だ。

 金切り声に似た喜声を上げた女がぴょんぴょんと跳び跳ね、後ろで控えていた男と抱き合った。面白がった野次馬がヒューヒューと囃し立て、ハッと我に返った二人がガバっと離れて目をそらしながら咳払いを一つ。ベタかよ。


 頬を赤らめた女が着席し、気恥ずかしそうに前髪をつまみながら言った。


「すみません、嬉しくてつい……で、どんな呪装だったんですか!?」


「四肢欠損の治癒です。恐らく、難病も完治するでしょう」


 絶句する女。沸き立つ冒険者達。欠損の治療はどんな高名な治癒魔術師でも成せぬ、まさに奇跡。それを可能にするとなれば値は張るだろう。


 不吉な――もはや邪悪と形容していい――短剣の思わぬ価値に盛り上がる中、一人の冒険者が待ったの声を掛けた。昨日の黒ローブだった。暇なのかこいつ。


「四肢欠損の治癒が金貨二十五枚? 安すぎるわ。少なく見積もっても金貨三桁は下らないはずよ!」


 めんどくせぇことしやがる。流石にそこまで高くつかねぇよ。……まぁ、一般人に分かるわけねぇか。


 戯言に触発された周囲がざわつく。ほんと流されやすいなお前ら。俺は辟易しながら弁明した。


「理由は今からお話しますよ。この剣は自分の心臓に突き立てて使うのですが……凄く痛いらしいのです。それは、もう」


 あんまりな理由だと思うだろうな。俺もそう思う。


「痛いって……そんな、理由? 四肢欠損が治るのよ!? たったそれだけの理由でそんなに値が下がるとは思えないわ!」


 なんで当事者じゃないお前がそんなに盛り上がってんだよ。誰なんだよ。

 まだ説明の途中だってのに素人知識でイチャモンつけやがって。周りの奴らに俺の鑑定の腕と物を見る眼が怪しまれたらどうすんだ。自慢じゃないが、闇市に入り浸る俺の眼は中々のものだぞ。何も知らずに水差しやがって。俺はにこやかに笑って続けた。


「【追憶(スキャン)】は記憶を読めても痛覚の再現は出来かねますので……七日七晩血を吐きながら苦しみ続け、目から血の涙を流し、爪が割れるほど頭を掻きむしり、あまりのショックで髪が抜け落ち、僅かな残りは白髪に変わってしまうほどのそれが、果たしてどれほどの地獄なのか想像つかないのですよ。血が熱で沸き立ち、余りの苦痛に肉が踊るとでも言えばいいんですかね?」


 取り巻きたちの見る目が変わる。神聖な物を見る目から、禍々しい何かを見る目へと。

 それは女神の奇跡というよりは、苦痛を対価に願いを叶える悪魔との契約。考えなしに飛びつけば、待っているのは業火に焼かれて泣き叫ぶ己の姿。


「もう一度戦場に立つことを夢見て短剣を使用した戦士は、痛みというものに酷く怯えるようになり二度と戦場に姿を現しませんでした。酒の席では、あんな道具を使った自分が馬鹿だったとうわ言のように呟いていますね。屈強な戦士の心を折る品……縋るにはあまりに脆い希望では、と愚考します」


 歓喜の表情が一転し、おぞましいものを見て顔を引きつらせる女。黒ローブも顔を顰めている。だから言ったろ。


「ですが、まあ、代わりが効かない逸品であるのもまた事実。使えるのが一度きりというのを踏まえても、欲しがる好事家はいるでしょう。ギルドに持っていけば大金になることは保証いたしますよ」


「あ……そう、そうですよね! ありがとうございました! 早速持っていきます!」


「待って! 私が護衛するわ! ほらほらどきなさい。変な気を起こしたら燃やすわよ!」


 やれやれ。なんとか軌道修正に成功した。おまけに黒ローブが消えてやりやすくなった。


 しかし、四肢欠損の治癒ね。

 一般人は知らないんだろうな。貴族連中は教会にちょっとしたお布施をするだけで、欠損だろうが難病だろうが、数日後には痛みなくまるっと完治させる方法があるってことに。


 淵源踏破の勇者。攻撃魔法と回復魔法のスペシャリスト。底抜けのお人好しであるあいつは、生臭坊主の小遣い稼ぎに利用されている。

 いいように使われているぞと指摘しても、人が助かっているなら良いことだ、で済ませる本物の愚者だ。見ててイライラするったら無い。


 っと、どうでもいいことだな。今はこっちの仕事を済ませよう。


 俺は頭に響く『淵源踏破の勇者様、救済を必要としている者がおります。ディシブの街までお越しください』という要請を意識して頭の外に追いやって鑑定作業を進めた。


 ▷


 疲れた。だが、成果はあった。


 捌いた数は貫禄の三百点。銀貨千五百枚。それを両替してもらい、金貨十四枚と銀貨百枚。庶民の年収が金貨二から三枚程度ということを考えれば、まさに破格。


 これだけ捌いたから明日からは客足も遠のくだろうが、そうしたらしばらくは息抜きして呪装の在庫が溜まった頃にまた店を開けばいい。俺は金貨の輝きに目を細め、一撫でしてから革袋にしまい店を畳む準備をした。


「おや、もう店じまいか。不躾は承知なのだが、鑑定をお願いできないだろうか」


 あぁ? 不躾だって自覚できるならすっこんでろやボケ。

 思わずそんな言葉が口からまろび出そうになり――【鎮静(レスト)】。


「自慢ではないのだが、冒険者ギルドのマスターという立場はなかなかに忙しく、どうしても間に合わなくてね。勿論断ってくれてもいいのだが、良ければ一つ老いぼれの我儘に付き合っていただきたい」


 冒険者ギルドの頭。ルーブス。

 丁寧で柔らかな物言いとは裏腹に、眼に剣呑な光を宿した捕食者がこちらを睨めつけていた。


 クソがッ! いくらなんでも早過ぎるだろ!

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