大スクープ
【無響】は張り巡らせていた。盗み聞きの心配はしなくていい。目下、俺がすべきことはこの二人から情報を得ることだ。
俺がフォルティであると、勇者ガルドであると気付いた理由は。ハッタリかもしれない。情報の精度も探らなければならないだろう。
そしてそれを誰にバラしたのか。何人に伝えたのか。話を聞いたやつが他のやつにも言い触らしていたら……手間がネズミ算式に増えていく。放置していい問題じゃない。俺は努めて平静を装って返した。
「勇者ガルド? 俺が? なんだそりゃ。腐った飯でも食って頭ん中まで腐ったか?」
間髪を入れずに続ける。
「俺はそこの茶髪のガキがフォルティ、なんて死人の名前を口にしたから興味本位で付いてきただけだ。そしたらどうだ、俺を死人扱いしたと思ったら、突然勇者さま呼ばわりだ。唐突すぎて意味が分からんね。スラムのガキの間ではそんな遊びが流行ってんのか?」
出る言葉に任せて喋り続け、その裏で思考を進める。この件をどう処理するのが最適か。
口封じは必須だ。会話の流れを誘導して【奉命】を掛けて口封じをするのが手っ取り早いが、果たしてそこまで辿り着けるかどうか……。
アンジュは俺の問いに答えを返さなかった。無言のまま、小さく足音を鳴らして俺に近付き、そして俺の眼前へと歩み出る。俺は背後へと振り向いた。
「……目、合わせてくれないんですね?」
「……俺は勘が良いんでな。何かの能力持ちだろ、お前」
「あぁ、そういえばわたしに【六感透徹】を教えてくれたのはフォルティさんですもんね?」
はぐらかすという択を潰された。こいつ、何から何まで既に確信してやがるぞ。
どうする。焦燥からか、喉の奥が張り付くような感覚があった。不意に視線を下げたところ、深刻な面でこちらを見つめるツナと目が合う。……こいつも既に吹き込まれてやがるな。
「気付けた理由は簡単です。ギルド前の広場でフォルティさんが処刑されそうになった時……わたしはフォルティさんの心を読んじゃったんです。びっくりしちゃいましたよ。『今回の俺は一味違う。無惨に首を落とされた前回とは違う』。死ぬことへの恐れみたいなのが薄すぎて、そこで直感したんです。あぁ、この人、生き返るんだーって」
アンジュの持つ才である読心や感応は魔法と異なる先天的な技能だ。知識として頭の中にあったが、使い勝手やその真価までは把握していなかった。
だが、まさかこれほどとは……。いや、これは恐らく特殊な例だ。ぼんやりと思考を読める程度の力を、感情の波を読む感応で増幅し、【六感透徹】で精度を確かなものにする。才能と補助魔法による相乗効果。精神が軋むほどのそれを、【洗脳】という邪法で無理やり克服した。させてしまった。こいつは……勇者とはまた別方面の……バケモノだ。
「それで、昨日。勇者さまが来たっていう噂を聞いて駆け付けたんです。気付きませんでした? わたし、路地裏から見てたんですよ。中身が……まるで、同じでした。本当に勇者さまだったんだ、って。びっくりしたなぁ。世界を救ってる勇者さまが、まさかこんな……ふふっ」
俺は十歳を過ぎたくらいのガキに弱みを握られていた。
何を言っても誤魔化せないことは……もはや明白。どうする。どうすればいい。こいつらを……力尽くでどうこうした場合、確実に治安維持担当の捜査の手が迫ることになる。チビ二人にも目撃されていた。言い逃れはできない。
高跳びしたとしてどうなる。確実に国の中枢へと情報が渡るだろう。上層部連中は事実を揉み消すことに腐心するだろうが、それでも影響をゼロにするのは不可能だ。勇者の威光に……馬鹿姉二人が愚直に積み上げてきたそれに、俺が泥を塗る? それは、御免だ。
「……お前らは、俺に何を求めている……?」
ガキに膝を屈するという無様を晒してでも守らなければならないものがある。元よりこれは俺が撒いた種。自分のケツは自分で拭かなければならない。
「フォルティさんのお陰で……わたしたちは、すこし贅沢になってしまったんです。もう、以前みたいな生活には戻れない」
「……カネ、か」
「はい」
人は生活水準の低下に耐え難い苦痛を覚える。そこそこの地位を手に入れたやつに浮浪者同然の暮らしを強制させたら発狂の一つでもするかもしれない。程度の差はあれ、このガキどもも同じ気持ちを味わっているのだろう。
盗んだ金で旨い飯を食い、才能を研鑽するための機会を得て、明日の我が身を憂う生活から解放された。しかしそんな生活は長続きすることなく終わる。
俺の逮捕と同時にこいつらはツラが割れてしまった。悪事を働くにはリスクが高まりすぎたのだろう。被害者を装った以上は大人しくしている必要がある。
だが……それはつまり口に糊する生活へと戻ることを意味した。ガキどもはそれに耐えられなかったと。
「わたし達が欲しいのは同情とか慰めの言葉なんかじゃない。……善意では、申し訳ないですけど、お腹は膨れませんからね」
そこで俺に目を付けたということか。
「ねぇ、フォルティさん。いえ、勇者ガルドさん。わたしたちは、きっといい関係を築けます。わたしたちに――――」
勇者。世界を滅びの運命から救った、まさに救世主。
このガキは……そんな存在を相手取って、勇者である俺を脅迫して、カネをぶん捕ろうとしてやがるのか――!
「仕事を与えて下さい!」
「えっ?」
▷
俺が知識と才能を授けたアンジュやツナ、その他のガキども計二十人のグループは事件の後にちょっとした有名人になった。それは凶悪犯フォルティに脅された哀れな孤児というレッテルが貼られたことを意味する。
ガキどもはその立場を上手いこと活かし、串焼きやカネを恵んでもらうという賢しい立ち回りをしていたとのこと。
しかし美味しい思いを満喫したのはほんの一瞬。日を経る毎に効率は低下し、ついにはフォルティ騒動以前と同程度の儲けに落ち着いたらしい。貰えるカネも銅貨数枚となれば、旨い飯を食うことはおろか武具の購入や日用品を買うこともできない。晴れて飲食店のゴミ漁りに精を出す日々に逆戻りというわけだ。
「それが嫌で、俺たちもなんか商売できないかなって考えたんだよ。そんでちょっとした店を開いたんだ。木の実とか見た目がキレイな花なんかを売ったら同情心で買ってくれるんじゃねーかって思ってさ」
ガキども全員に【奉命】をかけて口封じを済ませた俺は、新たな人格ナンディを作ってガキどもにビジネスのなんたるかを説いていた。
「馬鹿だなぁツナ。そんなもん銅貨一枚でも買うやつなんて滅多にいねぇだろ。日に三つも売れれば良いほうなんじゃねぇの?」
「……結局、売れたのは四つだけだったな。労力に合わないってんですぐ止めちまったよ」
「当たり前だろ。売れたらむしろビビるわ。この街はガキが思いつきで稼げるほど甘くねぇっつの」
俺はこれ見よがしに肩を竦めてみせた。槍使いのガキがピッと挙手をする。盗んだ金で買った槍は没収されたとのことで丸腰だ。顎をクイッとして発言を促す。
「なんか納得いかないんだよなー。同情でカネを恵んでくれる人はいるのに、なんでモノは買ってくれないんだよ。タダでカネを渡すよりも得な気分になれるんじゃねーの?」
「甘い。考えが甘すぎるぞ!」
ガキどもが根城にしていた廃屋の一室。朽ちかけてボロボロになった丸テーブルをドンと叩き、ガキの甘っちょろい考えを切って捨てる。
「喜捨っつう言葉がある。意味が分かるか? 貧しいやつらにモノやカネを施すって意味だ。喜んで捨てる? 否。捨てて喜ぶんだ」
俺は串をビッと回復魔法使いのガキに突き付けた。
「お前。目の前に弱った人間が倒れてたらどうする?」
俺の問いかけに目を丸くしたガキがうん、と喉を鳴らし首を傾げる。そしてポツリと呟いた。
「回復魔法をかけて助ける、と思います」
「それが喜捨だ。自分になんの得もありゃしねぇのに、同情や哀れみに突き動かされて施しを与える。何故か。気持ちよくなれるからだ。優越感って言葉くらいは知ってんだろ? それだよ」
「わ、私は別にそんなつもりは……」
ほう。口答えするとは生意気な。俺は部屋の片隅に転がっていた木切れを引っ掴み、回復魔法使いのガキに差し出して言った。
「よし、じゃあ話を変えるか。俺が怪我人だと仮定しよう。そしてお前に対してこう言うんだ。『俺の怪我を治してくれ。報酬としてこれを渡す』ってな。どう思うよ?」
俺はなんの価値もなさそうな木切れをガキの目の前にずいっと差し出した。むっと顔を顰めたガキがおずおずと口を開く。
「…………なんか、嫌だなぁ。馬鹿にされてるみたいで」
「それよ!」
俺は木切れを放り捨て、串をビッと槍使いのガキに突き付けた。
「お前らは商売を甘く見積もり過ぎだ。いいか? 客に対価を差し出した時点でお前らは『哀れなガキ』という立場を返上したも同然。目の前のやつから『商売相手』と見なされるんだよ。いや、そんな上等なもんじゃねぇな。『カネの味を覚えた狡っ辛いガキ』だ。タダでカネを恵むよりもモノが貰える分お得? 馬鹿言え。対価としてゴミなんかを差し出されたら優越感がごっそり減るどころか不快が勝るってもんよ。大損も大損。まだ銅貨をドブに捨てたほうがマシってもんだぜ」
ぐ、ぐ……と呻く槍使いのガキ。膝の上で握りしめられた拳が震えていたが、何も言い返せないと悟ったのかフイと顔を反らした。この反応、もしかしたらこいつが甘ったれた小賢しい策の発案者だったのかもしれねぇな。
回復魔法使いのガキが頭を抑える。
「うわ……いまのたとえがすっごいしっくり来ちゃった……なんかショック」
「おいおい、何を今さら情に厚いみたいなフリしてんだ? お前らは断頭台にかけられたフォルティをバッサリと切り捨てて見せただろうが。あの非情さで以ってことにあたれよ。裏をかけ。相手の骨の髄までしゃぶり尽くすつもりでいけよ」
「み……見捨てるつもりはなかったんですよ? 本当に……でもアンジュが、フォルティさんは死んでも生き返れるっていうから……それならって」
「なんだそりゃ。つまり……お前らはあれか? 進んで俺を見捨てたわけじゃなかったのか?」
「当たり前だろオッサン……俺らをなんだと思ってんだよ」
「わたしが感応で説得して無理やりあの言葉を吐かせたんです。そのほうがお互いのためになるって、そんな勘が降りてきたので」
チッ。俺は舌打ちした。
俺の教えが根付いていなかったとでもいうのかよ。致命的な弱点を克服したと思ったらまるで成長してねぇ。首飛ばされ損じゃねぇか。ぬか喜びさせやがってクソガキどもめ。
「えっ……なんかすごい機嫌悪くなってる……怖っ」
「黙れアンジュ。こうなったら再教育だ。お前らのその甘さは商売にとって邪魔にしかならねぇんだよ。今度こそ徹底的に鍛え直してやる」
唇を舐めてガキどもの顔を見回す。どいつもこいつも甘ちゃんだ。及第点をやれるのは俺を迅速に見捨てる決断を下せたアンジュくらいか。今度こそ俺の優秀な手足として働くよう改造してやる。
「つっても、どうする気だよオッサン。いまは治安維持のやつらがすげー気合入ってるから前みたいにはいかねぇぞ」
「だろうな。だがしかし、やりようなんていくらでもある。仕事を与えて下さいと言ったな? だったら真っ当な仕事を与えてやろうじゃねぇか」
こいつらに足りないのはパトロンだ。初期投資と言い替えてもいい。手に入れたカネはその日の飯代で消えるからいつまで経っても事を起こせずにいる。もとより事業を成功させる知識もないだろう。
故に俺は手っ取り早く稼げるスリをさせたのだ。ゼロから真っ当な商売をしろと言っても無理難題にしかならない。
そこで俺の出番である。
ここにいるガキども全員に口封じの魔法は施した。ならばもう遠慮は必要ない。俺の手足となって馬車馬のように働いてもらうとしよう。
「でも、わたしたちにできることって何があるんですか? フォルティさん」
「フォルティじゃねぇ、今の俺はナンディだ。そうだな……エンデ新聞社編集長ナンディ。それでいこう。お前らには存分に働いてもらうぞ」
俺はパチンと指を鳴らした。
新聞社。うむ、我ながらいい思いつきである。
「新聞社……? オッサン、俺ら新聞なんて読んだことねーぞ?」
「それに文字だって書けないし」
「何を書けばいいのかも分からないけど、大丈夫かな……」
経験の有無。知識の有無。まるで考慮に値しない。
「新聞のサンプルならちょいとひとっ飛びして持ってきてやる。文字の読み書きができねぇなら死ぬ気で覚えろ。ネタなんて極論なんだっていい。お前らができることは一つだ。働け。俺が環境をギブしてやる。お前らは成果をテイクしろ。そして得た儲けは俺と、お前らで山分けだ。いいな?」
未知の挑戦に対する不安が残っているのだろう、ガキどもは若干固い顔をして神妙に頷いた。それでいい。
ま、悪いようにはしねぇよ。これは考え方を変えれば俺にとっても旨い話だ。ガキを育て、馬車馬のように働いてもらい、俺はその成果を吸い上げる。そういう構造を作れる好機だ。初期投資をした者の特権というやつだな。
そのためにはガキを使えるレベルまで育ててやる必要がある。
「ツナと槍使いのお前、こっち来い。ツナは【転写】、槍使いのお前は絵画の才能がある。それを活かしてもらうぞ。今からひたすらに才能を磨け。他のやつらは最低限の読み書きの習得だ。本当に最低限でいい。あんまり複雑にしたら同じように読み書きできないやつが購入層から外れるからな。むしろ稚拙な文章くらいが丁度いい。堅苦しくならないように絵を混ぜれば広く顧客を獲得できるだろう。紙とインク、読み書き資料は用意してやる」
ポカンと口を開けて硬直しているガキどもへ矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「足と耳が使えるやつはネタ収集だ。なんでもいいから情報を集めろ。どこの飯が美味そうだった。どこで誰が喧嘩してどっちが勝った。どんな珍しい商売を見た。本当になんだっていい。ギルドの醜態を暴くのもいいかもな? この街のやつらは娯楽に飢えてる。絶対に需要はあるはずだ。売り物がゴミじゃなくなるだけで勝負の舞台に上がれる。てめぇがイイ思いをしたいってんならてめぇの頭と体を使って稼げ! いいな!」
『は、はいっ!』
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こうして俺とガキどもはエンデ新聞社を設立した。
もともとこの街には新聞社が無かった。転写魔法の使い手は王都に行けば有名新聞社に勤めることも文官の補助として働くこともできるからな。わざわざこんな辺境にくる理由がないってわけだ。
腕自慢の荒くれが王都に行ったところで爪弾きにされるのと同じこと。適材適所という法則が正常に機能している限り、この街に新聞社など建つはずがなかったのだ。
つまるところ独占市場である。
初めは物珍しさから。
次第にリピーターが増え。
そして十日もすれば話題沸騰。
大店の商人や稼ぎ頭の冒険者、小金持ちな市民などはうちの常連になってくれた。継続的な出費が嵩むのは家計的に厳しいという連中には複数人でグループを作り回し読みする案を推奨して購買意欲を煽る。加えて、凡人顔に化けた俺が各所で新聞を見せつけながら『お前まだこの新聞読んでないの?』と焚き付ければ仕込みは完了だ。
ガキどもが書き上げた新聞は、ビラ一枚が銀貨一枚という強気な価格設定にも関わらず飛ぶように売れた。噂好きな街の連中の気質に上手いことハマってくれた結果である。
営業利益、十日間で金貨二十枚。ガキどもと山分けしても金貨十枚の儲けである。
ボロすぎぃ!!