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勇者たちの日常

 見晴らしのいい小高い崖の上から遠目に見える街を見下ろす。


 やっと次の街が見えたぜ……。俺は腰に手を当てて伸びをしてからため息を吐いた。こうも大所帯だと街から街への移動もひと苦労である。

 今のうちに魔法のない生活に慣れるべきだと提案したのは俺なのだが……せめてエルフの族長の転移くらいは禁じるべきじゃなかったかもしれんな。


 どれほど憂いたとて後悔先に立たず。ならばせめてもの足掻きで後の祭りと洒落込もうか。

 下草を踏み躙って振り返る。ぞろぞろと付いてきている連中に向けて俺は言った。


「街が見えたぞ。ちょうどいいから休憩にすっか。飯の用意をしろー」


 ぞんざいに言い放つと、まるで鏡で跳ね返ったかのように適当な返事が返ってきた。


「ういーっす」


 王都スラムの連中、そして闇市の商人どもが荷をほどいて飯の準備にとりかかる。

 総勢二百名近い一団の半数を占めるのがこいつらだ。力と体力を無駄に余らせているので荷物の運搬も任せている。ついでに雑用までこなしてくれるのだから使い勝手がいい。裏で生きてきたやつらは上下関係に忠実なのだ。


 飯の用意ができるまでは暫しの時間を要する。これがまたひどく手持ち無沙汰なのだ。旅が始まってから常にこうなので今さらではあるのだが。


 何とは無しに崖の先端に立って街を眺める。ところどころで細く立ち昇る煙は今が昼時であることを主張しているかのようだった。


「ほぉん。あれが次の街か」


 俺と同じく暇だったのだろう。楚々とした仕草で隣に立ったオリビアが野郎さながらの声を出す。


「それなりに広い街だな。こりゃ目が疲れそうだ」


「頑張れ。とっとと終わらせたいならそれしかねぇ」


「わーってるよ」


 オリビアの目は人の組成を判別することができる。

 その人間が肉体を有しているか否か。それは他の誰にも不可能な芸当なので、『人から女神の加護を取り上げる旅』に同行してもらうのは必然であった。こいつのおかげで旅の日程は大幅に短縮されたと評していい。


 そんな功績を誇ることもせず、オリビアがただ汚い声を出した。


「あ゛ー……早くエンデに帰りてぇよ……」


「まだあと一年以上はかかる想定だぞ。ギルド支部の設立にあたって入念な下見も要るしな」


「それ、アイツらだけにやらせておけばよくね?」


 オリビアがチラと背後を覗き見る。視線の先にいるのは次期ギルドマスター候補のノーマン、そしてスラムの頭を張っているライザルだ。

 冒険者ギルド支部はエンデの有志とスラムの連中とで共同経営することになる。今のうちから規則やら人員配備やら……取り分やら権力配分やらを詰めているのだろう。俺が極力関わりたくない分野の話である。


「お前も一応金級だろ。混ざってこいよ」


「嫌だわ。はぁ……クロード、他の女に誑かされてねぇかな……?」


「そういう心配は(つがい)になってからしろよ」


「う……うるさい……!」


 クロードはエンデに残っている。何やら規則に則って『鉄級のクロード』として地道に雑用をこなしているとか。

 クソ真面目だねぇ。街の英雄が薬草摘みなんぞに精を出してるんだぜ。他の冒険者は気が気じゃねぇだろうよ。あいつらしいっちゃらしいのだが……スパっと金級に収まってやったほうがギルドも気を揉まなくて済むだろうに。


 そんなことを思っていたらビュンと強い風が吹いた。強靭な脚力で駆け寄ってきたエルフたちがざっと整列する。


「勇者さまー!」


「うおッ!?」


 エルフたちを見たオリビアが女らしからぬ声を上げた。肝の太いオリビアがこの反応……ほんと、こいつらは戦場でどんだけ暴れ回ったんだ……? 素手で魔物の首を引っこ抜いたと聞いたあたりで話の続きを辞退したが……今さらになって気になってきたぞ。


「勇者さま、勇者さま! 僕たち、先に街に行っててもいい!?」


「あん? 飯はいらないのか?」


「うん! それよりも遊んできたいの!」


「そうか。なら行ってこい。騒ぎは起こすなよー」


「はぁい!!」


 勢いよく返事したエルフたちが、これまた勢いよく崖から飛び出した。ひでぇな。下手したら集団自殺の現場にしか見えねぇぞ。目立つ行為は控えろと口を酸っぱくして言い聞かせているというのに……やはり好奇心の化け物か。


 俺はため息を吐いた。オリビアは乾いた笑いを零した。そして折良く野太い声が響いた。飯の時間である。


 ▷


 保冷の魔石を使わない旅となると、口にするものは必然的に長期保存が利く物に限られる。

 初めはその質素さに辟易したものだが、慣れてくるとなかなかに味わい深く感じるのだから不思議なもんだ。やたら硬くて塩気の強い干し肉が解けていく感覚は乙である。酒のつまみ用のジャーキーとはまた違った食感だ。うめぇ。


「硬いですね」


「うむ」


「それに……塩気も強い」


「うむ」


「でも……美味しいですね、父上」


「うむ、それがコスパだ」


 目の前では国王のおっさんとその息子が庶民の飯を齧ってコスパについて語り合っている。

 いやはや、本当にバイタリティに溢れたおっさんだよ。まさかこの旅に付いてくるとはね。


『もう王の血筋を必要とする呪装はないのだからいいだろう』なんて理屈を振りかざし、息子を引っ張り出して国巡りへの飛び入り参加だぜ。これまでの事情が事情だけに宰相も断れなかったと見える。

 いやはや、国政ってのは大変だねぇ。今回ばかりは宰相に同情するぜ。


「あ、この砂糖漬け結構美味しい……」


「うむ。コスパだな」


「おお! その砂糖漬けを御気に召していただけましたか! ……実は私どもの商会は保存食の取り扱いも行っておりまして……」


「うむ」


 王族と共に旅をするとあって商人連中の眼光は鋭い。降って湧いた機を逃すまいと常に気を張っており、隙あらば御用商人の座を獲得するべく己の存在をアピールしている。

 実に涙ぐましい営業努力だ。ぜひ頑張ってもらいたいもんだね。大成すればそれだけ俺の懐に入ってくる仲介料も増えるんだからよ。くくく……。


 順風満帆。世は並べてこともなし。

 俺の理想とする快適な余生……その土台は竣工が見えるところまで来ている。後は諸々を終わらせて……迎えに行くだけだ。


 塩漬け肉を腹に収め、手に付いた脂を舐める。満足感に浸りつつそれとなく首を巡らせて――


「…………」


「…………」


 まるで食事の手が進んでいない姉上二人が目に入った。


 リンゴを持ったまま俯いて瑞々しい赤に視線を落とすシンクレア。

 干し肉の骨部分を握ってぼけっと空の青を眺めているレイチェル。


 実に間抜けな光景である。何度抱いた感想か、もはや数えるのも億劫なほどだが……これが救国の英雄だなんて信じられんよ、ほんと。


 俺は二人の間に腰を下ろした。両手でそれぞれの肩を叩いて言う。


「おう、飯はいらねぇのか? なら俺が食っちまうぞ?」


 言うと、二人は飯を俺の手から遠ざけるように胸へと抱え込んだ。むっとした顔を作って言う。


「ダメ! このリンゴは私が貰ったんだから!」


「姉の物を取ろうなんて弟失格だぞ、ガル!」


 姉上二人はそう息巻いて飯を口に含んだ。

 小動物のようにリンゴに齧りつくシンクレア。豪快なヤロウよろしく大口を開けて肉へ齧り付くレイチェル。いやはや、姉妹だってのにまるで似つかねぇな。……それが普通なのかもしれんがね。


「……で、さっきは何をアホ面引っ提げて考え事なんてしてたんだ? お前らは馬鹿なんだから一人で悩んだって答えなんて出ねぇよ。聞かせてみろよ、おう」


「ガル、口悪いよ。クロードを見習って」


「そうだぞ。もっとお姉ちゃんを敬え。そしてクロードみたいにレイ姉と呼べ」


「お前らどんだけクロード気に入ったんだよ……それはいいからさっさと言えって。何を悩んでんだよ、らしくねぇ」


 聞き出すと姉上二人が顔を見合わせた。うん、とそぞろな声を漏らすや再び神妙な顔で視線を宙に溶かす。


「さっきレイと話してたんだけど……もうすぐ魔物がいなくなるっていう実感が……あんまりないっていうかね?」


「やりたいことを見つけておけとお前に言われて色々と考えてはみたんだがな……剣を振るう以外の答えが出てこなかったんだ」


 勇者は消える。歴史に名が遺るのはここまでだ。後に続くは人の時代である。

 そういうわけで姉上らは晴れてお役御免だ。早い話がクビである。となればやりたい仕事を見つけておけという話になるわけだ。


「ねぇ、ガルはどうするつもりなの?」


「俺は事前に販路を開拓しておいたんでね。食い扶持に困ることはねぇよ」


「……商売をするってこと?」


「そんなとこかな」


 ま、俺は一切働かないがね。

 闇市の商人連中とは既に契約を交わしてある。旅を終える頃にはきっちり金貨三万枚を稼ぎ切っていることだろう。その後は全ての面倒な縁を絶って贅沢三昧という寸法よ。くくっ……!


「んー……私は、やっぱり剣を振ることくらいしか思い付かないぞ! 魔物がいなくなったら私は何を斬ればいいんだッ!」


「お前絶対に人は斬るんじゃねぇぞ。……そんなに好きならもうそれを仕事にしちまえよ。剣術の指南役でもやりゃいいんじゃねえの?」


「おお……! いいな! いいぞ、ガルッ! 私はそれに決めたッ!」


「ええ……そ、そうか……」


 驚嘆すべき即断即決である。お前それでいいのかよ。多分そこまで人気でねぇぞ……。本人が満足だってんなら口を挟む気はないけどよ。


「えー、いいなぁ……私は……うーん……どうしようガル。魔法がなくなったら自慢できることなんてないよ……」


 姉上が眉を八の字にして俺を見上げる。

 ……どうやらそれなりに本気で悩んでいるらしい。そりゃ唐突に今までの生き方を変えろと言われりゃそうなるか。


 そうだな……。俺は手のひらを上にしてゆったりと上下させながら言った。


「なんか魔法以外に好きなことはねぇのか? 興味ねぇことをやってもつまんねぇだろ。だったら好きなことをやりゃいい」


「好きなこと……」


「なんかしらあんだろ。何でもいいから言ってみろよ。否定なんてしねぇから。ほれ、ほれ」


 姉上は人差し指を口元に添えて軽く唸った。

 そして雷に打たれたかのようにびくりと震える。天啓を得た賢者よろしく目を開き、溢れる自信を表明するように一つ頷き、ばっと俺に向き直ってから――にへらと口元を歪めた。締まらない顔で言う。


「い、いいこと思い付いた……! カジノのルーレットで稼げばいいんじゃないかな……!?」


 ……………………………………………………。


「レア、それは止めたほうがいい。私でも分かるぞ」


「だ、大丈夫だよレイ! この前ね、私ね? 十回連続で外れたんだよ? 確率はしゅーそく? するから! 次は絶対に勝てるから! じゃなきゃおかしいもん!」


 俺はしたり顔でたわ言を抜かす姉上の肩を掴んだ。強めに揺らして正気に戻るよう誘導する。


「まあ待て姉上よ。一旦カジノのことは忘れよう。それ以外にはなんかあるか? ん?」


「ガル、私が大勝ちしたら……お、美味しいお酒奢ってあげるね……? ふふ、ふ……!」


 姉上の目は都合の良い未来を幻視しているのか、酷くみっともなくぐるぐると回っていた。勇者の姿か、これが……。

 駄目だこいつ。俺はキレた。


「馬鹿姉コラ! 目ぇ覚ませダメ人間がッ! ギャンブルってのは胴元が勝つようにできてんだよッ! お前じゃ絶対に勝てねぇからやめておけ!」


「そっ、そんなの、やってみないと分からないでしょっ!」


「分かるわ!!」


「どうして!?」


「姉弟だからだよッ!!」


 これだけ言っても姉上はクソのような未来の展望を諦めなかった。幾分かマシな方の姉上に対し、勝ったら奢るなどというダメなギャンブラーの手本みたいなセリフを吐いている。

 まずいな……まさか上の姉のほうがポンコツだとは思わなかった。どうする……? 俺が四六時中見張ってるわけにもいかんし……目付役がいるか……。


「おい、そこのお前」


「へっ?」


 俺はスラム上がりの中でもそれなりに信の置けるやつを手招きした。肩を組んで言う。


「お前、あの馬鹿を見張っておけ。もしギャンブルに手を出そうとしたら全力で止めろ。いいな? そしてすぐに俺へと報告を寄越せ。もし破産なんてさせたら……分かってるだろうな?」


「う……うす……!」


 クソが。本当に手の掛かる姉上を持つと弟が苦労する……。

 頭の痛みを和らげるため側頭を指で揉みほぐす。そうしていると実に元気な怒声が丘の上を駆け抜けていった。


「おいおい何度言ったら分かるんだぁ!? 辺境の蛮族どもは組織経営の基礎の基礎も理解してねぇのかよ! えぇ!?」


 ライザルの声である。またかよ。これで何度目なんだあの馬鹿どもは。


「そっちこそ自分らに有利な布石を打とうと必死こいてンのがバレバレなんだよッ! 狡いやり口しかできねぇドブネズミ連中がッ! 文句あんならヤんぞオラッ!」


 ノーマンの声である。売り言葉に買い言葉だ。どうしようもねぇ。


 冒険者と王都スラムの連中は似たような価値観を根底に据えており、しかしまるで別の組織なので利害を巡って頻繁に衝突する。特にこの二人はひでぇ。水と油とはまさにこのことだ。


「っしゃあヤんぞオラ!」


「上等だボケが!」


「ヒャア! まーた始まったぜェ!」


「ヒュー! いいぞ、やれぇーっ!」


 初めは仲を取り持とうとしていた部下連中であったが、度重なるぶつかり合いを見続けてもはや無駄だと悟ったのか止めることをせず、むしろ囃し立てて騒ぎを大きくする始末だ。馬鹿しかいねぇ。


「父上、今日はどちらに賭けますか?」


「ふむ……ノーマンだな。こちらがコスパだ」


「なるほど」


 王族連中もこの有り様だ。すっかり毒されてやがる。これもう半分国家転覆だろ。


「……私も食後の運動をしたくなってきたぞ! よぉし、覚悟ができた者からかかってこいッ! 死合いに身分の上下無しだッ!」


「勘弁して下さい姐さん!」


「こ、殺される……!」


「おい、逃げるな! 男として恥ずかしくないのかッ!」


 俺は深いため息を吐き出した。

 こいつら本当に纏まりがねぇ……いい加減にしろよ……今日中に街につく予定だってのに、また夜まで外ではしゃぎ倒すパターンじゃねぇか!


「ねぇガル、どっちに賭ける?」


「賭けねぇよ! オイッ! テメェら――」


 一喝して黙らせる。

 そう思い声を吐き出した瞬間。


「わぁーーーーっ!!」

「勇者さまぁぁぁぁ!!」

「衛兵さんがくるよぉぉぉ!!」


 ひと足早く街に向かっていたはずのエルフたちが大声を上げて戻ってきた。

 それに聞き捨てならないことを言っている。衛兵? なぜだ。俺たちは騒ぎを起こさないよう旅をしている。衛兵なんぞに目をつけられるのは御免被るぞ。


「お前ら、何をしやがった!?」


「何もしてないよぉー!」

「街の中で鬼ごっこしただけだもん!」

「ちょっと本気になっちゃったけど、物はなんにも壊してないのにーっ!」


 エルフが本気を出した鬼ごっこをした? 街中で……?

 この馬鹿野郎どもが……! まだ自分らの身体能力の異常さを知らねぇのか! そんなの大騒ぎになるに決まってんだろッ!!


「馬鹿エルフどもが! 今すぐ頭下げて謝ってこい!」


「それがねー……」

「衛兵さんが追いかけてくるのが面白くて……」

「ちょっと遊んじゃった。冗談だったのに……凄い怒っちゃって……」


「ふざけんなよぉぉぉ!! 誰が毎回ケツ拭いてると思ってるんだよォ!!」


 俺はさっさとこの旅を終わらせたいんだ。故に不本意ながら全力で馬鹿どものフォローをしている。

 だというのに……こいつらときたらいつもいつも好き放題はしゃぎやがって。どいつもこいつも言うことを聞きやがらねぇ。


 …………もういい。もう知らん。今日ばっかりは知らんぞ。俺は全てを諦めた。

 愚痴でも漏らしに行こう。高い酒でも買ってから。そうでなければ俺の精神が持たん。何もかも丸投げだ。後はてめぇらで勝手にしやがれ。


 俺は心を鬼にして立ち上がった。隣に立つ姉上の肩に手を乗せる。俺は努めて優しい声色を作った。


「なあ姉上よ。いや……レア姉」


「っ! えっ、なに、どうしたの!? ガル……!」


 姉上が弾けるような笑顔を見せた。さながら丘の上に咲き風に揺られる一輪の花だ。

 俺も笑みを浮かべた。口の端を吊り上げた弾けるような笑みである。


 俺は言った。


「んじゃ、後は任せたぞ」


「えっ、あッ!?」


 下草を踏みしめて走り出す。どこまでも広がる蒼穹を目指して。

 強く吹いた追い風が背を押す。まるで煩わしい(しがらみ)からの解放を熱烈に祝福するかのようだ。衣服の中を抜けていく空気に自然を感じる。柔らかな日差しをもたらす太陽は俺が目指すべき道標であるかのように輝いていた。


 両手を広げる。足に力を込める。

 そして俺は小高い崖の上から身を投げた。

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迎えに行く? 愚痴でも漏らしに行こう…? ヤダも〜! 超ノロケてるじゃないですか〜! 全てを整えて迎え入れる気概。 と思いきや、子供のように甘えてグチる。 お互いを必要とする理想の関係ですね。 …
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