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トゥルーライフ

 やむを得ず犯された罪というものに肯定的になれそうな気分だ。

 相応の大義さえあれば罪は見過ごされる。『遍在』も多少は柔軟な思考を身に付けたようで何よりだぜ。やはり勇者の威光はここぞという時に役に立つ。


 代わりに今にも殺されるんじゃないかってくらい睨まれたけどな……。

 いや今後は冗談じゃ済まされねぇぞ。もしも次にヘマをしたら勇者とか関係なしに断頭台へ連行されるだろう。そう思わせるだけの勢いがあった。さすがに笑えねぇ……。


 なるほど、これが人の感覚か。

 生まれてきたことを否定され、蔑まれ、罪の清算という名の死を望まれる……罵詈雑言の嵐が人生最期に目にする光景なんて想像するだに虚しくなる。死んでも死にきれねぇよ。


 あれ? もしかして……処刑されるのって、とても恥ずべき行為なのでは?


 やめよう。俺は考えるのをやめた。益体もねぇ。

 頭を振って雑念を追い出す。こんな辛気臭え顔を持っていったら確実にどやされる。何を言われるか分かったもんじゃねぇ。


 宴もたけなわ。何処もかしこもお祭り騒ぎだ。

 来たるべき厄災を前に縮こまっている者など誰一人としていない。周りが騒いでいるのに憂慮しても仕方ないという気質のやつが多いんだろう。焚き付けたのは俺だが……やはりこの街のやつらは気持ちのいい割り切り方をする。


「おいガルドさんよぉ! ちと飲んでけ! なぁ!」

「勇者さまー! いっしょにお酒飲もうよー!」

「旦那ぁ! 今後の話も込みでちと一杯やりやしょうぜ!」


 王都スラムの連中にイカれエルフ、闇市の商人どももちゃっかり楽しんでいるようだ。

 来るもの拒まずの地であるエンデと、物怖じしないこいつらの性格が絶妙に噛み合ったんだろう。さぞ昔から住んでましたと言わんばかりに馴染んでやがる。


「おう、悪ぃな。先約があるんだ」


 短く断って通りを抜け、目当ての区画へひた進む。

 鬱陶しいほどの人の波だ。普段は家にこもってる一般市民や外へと出かけてるはずの連中が一堂に会しているともなればこうもなるか。

 街の端々から駆け付けた民衆が作る熱の渦はまさに圧巻の一言である。


 それはそうとして……鬱陶しいことには変わりない。見て楽しむ分には結構なことなんだが、人を探すとなると骨が折れる。


 首と視線を巡らせながら進む。

伝心(ホットライン)】を使えば一発なのだが……俺もそろそろ魔法が使えない世界の不便さに慣れておかねばなるまい。

 まるで逆立ちしながら生活しているような非効率さにうんざりするが、それもまた人の感覚というやつなのだろう。あれほど辟易していた勇者の業も、いざ手放すとなると惜しく感じるのだから我ながら現金なものだ。


「ガルドさぁぁん!! こっち、こっちでーす!!」


「おっ……と」


 物思いに耽っていたせいか目当ての卓を見逃してしまったらしい。

 声のした方を見る。通りの外に配置された四人がけの木造テーブルに目当てのやつらがいた。椅子から立ち上がったルークが腕をぶんぶんと振っている。なんというか、相変わらずガキっぽいやつだ。


 軽く手を挙げて応じる。人の波を縫ってテーブルに辿り着き、空いている席にどかっと腰を下ろす。


「あぁー疲れた。混み合い過ぎだろっつの。……あ? お前ら何も持ってきてねぇの?」


 折角の宴だというのにテーブルの上には酒の一本も置かれていなかった。随分と寂しい食卓である。隣のテーブルは飯と酒で溢れているというのに。

 そう言うとニュイが薄目を向けてきた。


「いや……ガルドさんを待ってたんですからね? 遅いですよ。約束の時間、少し過ぎてるじゃないですか」


「んなもん気にせず先に始めてりゃいいのに」


「駄目ですよ! 僕たちの昇格祝いはガルドさんに奢ってもらうって決めてたんですから!」


「チッ……人にタカることを覚えたチビめ。しゃあねえな……おーい、酒くれ酒! 何でもいいぞ! あと適当なツマミな! 大至急! 勇者特権だ、おう早くしろ〜!」


「みっともない勇者ですねぇ……」


 ニュイめ。こいつもいちいち刺すような皮肉をやめねぇな。それでこそだ。冒険者は舐められたら終わり。勇者に食ってかかるくらいがいい塩梅ってもんよ。


「……んで」


 一通りの注文を終えた俺は右の席に座っている黒ローブを指さした。チビ二人に問う。


「何なの、こいつ。お前らなんかした?」


 黒ローブは先程からずっとふて腐れた顔をしていた。左手で頬杖をつき、口を尖らせてそっぽを向いたまま会話に混ざろうともしない。完全に拗ねたガキのそれである。


「えぇ……ガルドさん、それは……」


「……本人に直接聞いてみたらどうですか?」


 チビ二人は言葉を濁した。

 あんだよ、効率悪ぃな。こんないかにも構ってほしいです、みてぇな雰囲気を醸し出してるやつなんて無視するのが一番だろ。どうせ勝手に混ざってくるんだからよ。


 そういうわけで無視することにした。

 大至急と急かした甲斐あって店員が三人がかりで料理と酒を運んできたのでちゃちゃっと音頭を取る。


「お、来た来た。よぉしそれじゃ行くぞ。ジョッキ持てチビども。え〜では、これより『チビどもが約束守れ、メシを奢れとうるせぇので仕方なく開いた鉄級昇格祝いの会』を始めまーす。乾杯!」


「ちょっと待ちなさいよぉ!!」


 そら来た。こういうのは下手に構うより無視するほうが手っ取り早いんだ。どうせ我慢なんてできないんだからよ。


 両手でテーブルを引っ叩いた黒ローブが立ち上がって吠える。俺は澄まし顔で言った。


「どうした? あぁ……お前の分の飲み物がなかったか。おーい、果実水もくれ! 大至急!」


「そうじゃないっ!!」


 黒ローブがキンと頭に響く金切り声を発する。

 チッ……無駄な注目は浴びたくねぇ。会話が漏れないようにしておくか。【無響(サイレンス)】。


「じゃあ何だよ」


「何だよって……はぁっ……もうっ! 逆に、何であんたはそんなに平然として……もう!」


 感情が振り切れて一周回って冷静になったのか、黒ローブは腹の中の空気を全て出すようなため息を吐き出してからゆっくりと着席した。右の手で頬杖をつき、薄目でこちらを睨んでくる。


「あんたさ……私のことを仲間外れにしてるでしょ」


 そしてなんとも不可解なことを言い出した。


「あんだよ藪から棒に」


「だって……あんたのこと、ルーク君とニュイちゃんは知ってたみたいだしぃ。私だけ知らなくて、一人で混乱しててさ……馬鹿みたいじゃない」


「いや、僕はその……そんなつもりはなくて……ただ、秘密は守らないとっていう、あれですよ……!」


「私は知ってたというよりも薄々察したって感じですけどね。……ルークも、嘘が下手くそだし」


 これはこれは。どうやら黒ローブはこの三人の中で自分だけが鉄級のエイトの正体を知らなかったことにご立腹らしい。

 なるほど。なるほどね。いや知らんわ。


「隠してたんだから知らせるわけねぇだろっつの。ルークにバラしたのだって成り行きで仕方なくだしよ。つかニュイが察してたとか初耳だぞ。ルーク、お前何してくれてんの?」


「いや、その……ははは……」


「話はそれだけじゃないわ!」


 冷めた熱が再燃しだしたのか、黒ローブが俺に指を突き付けて吠えた。


「あんた、ギルドでのあの騒ぎの時……私にだけ作戦を共有しなかったでしょ! 何よあれ!? 私一人だけ踊らされて、本気になって叫んで……馬鹿みたいだったじゃない!!」


 茶番騒動のことだろう。【無響(サイレンス)】を発動しておいてよかったぜ。あれは偽者の仕業ってことになってるんだからペラペラと喋るんじゃねぇよ。だから秘密を共有しなかったってのもあるんだぜ?


 ともあれその件に関しても筋違いだ。俺は黒ローブの間違いを正した。


「その点に関しては安心しろ。お前は仲間外れじゃないぞ。お前だけじゃなくて、アウグストにも作戦を共有しなかったからな」


「アレと同列!?」


 さり気なくアレ呼ばわりされる『柱石』様に涙を禁じ得ない。

 あいつどれだけ女から嫌われてるんだ。ミラさんも普通に死ねとか言ってるし。分かるよ。アウグスト死ね。


 可及的速やかなアウグストの死を願っていると、黒ローブが俺の前に置かれているジョッキをひったくった。止める間もなく喉を鳴らして飲み始める。


「おいっ! クソ、こいつ酒飲みやがった……! 自分の酒の弱さをまだ把握してねぇのかよ……」


 黒ローブは下戸(げこ)だ。それでいて絡み酒という非常にめんどくさい生態を有している。こりゃ早くも昇格祝いは台無しだな。


 諦めが頭をよぎる。しかし事態は俺の予想を裏切った。

 酒を飲み干した黒ローブがジョッキをテーブルに叩きつける。その目は意外にもしっかりとした意識を宿していた。ほんの少しの酒を飲んでパァになった時とは雲泥の差である。


 熱っぽい息を吐き出した黒ローブが言う。


「フーッ……。酔い止めのポーション、飲んできたのよ。高いやつ。これで、私も今日は飲めるんだから。仲間外れになんて、させない……!」


「……へぇ。いいねぇ。風情ってもんを分かってるじゃねぇの。んじゃ改めて……『チビどもが奢れとうるせぇから仕方なく開いた鉄級昇格祝いの会』を始めるぞー!」


「それ、名前なんとかなりません?」


「ならん。いくぞー。乾杯ッ!」


 ニュイの抗議を無視して俺はジョッキを掲げた。残る三人もジョッキを持ち上げる。


 掲げたジョッキをぶつけ合う。なみなみと注がれた酒が波打ち、濃厚な酒精を振り撒いた。お祭り騒ぎの始まりだ。


「んぐっ……ぷはぁっ! ガルドさん! ガルドさんッ! 僕たち、鉄級昇格ですよっ! シスリーさんが言ってたんですけど、僕らはかなり早い方なんですって! 褒めてくださいよ、ねぇ!」


「あーはいはい凄い凄い。チビどもにしてはよくやったよ。ま、鉄級昇格の最速記録保持者は俺だけどな!」


「大人げないなぁ……。それとガルドさん、いい加減私たちのことをチビ呼ばわりするのはやめてくださいよ。格としては同じなんですからね?」


「そうよ。ニュイちゃんたちもあんたと並んだんだからね。いつまでも下に見てたらすぐに追い抜かれちゃうわよ?」


「あぁ? んなこと言ってる間はおめーらはチビのまんまよ。チビと言われようが受け流す胆力と懐の広さを併せ持つ。これが大人ってもんよ」


 鉄錆なんて罵倒も聞き慣れりゃ耳に心地良かったぜ。

 今にして思うと……あれもただの罵倒とは異なる意味を持っていたのだろう。

 真面目にやれ、手を抜いてんじゃねぇ、本気を出せ。

 そんな遠回しの激励――いや、考えすぎか? ただ目障りだっただけかもしれんね。今となっては確かめようもないが。


「ガルドさん、褒め方が適当すぎますよ……もっとこう、心のこもった言葉を下さい」


「甘えんな。金級になったら褒めそやしてやんよ」


「うぅー。僕、今まで努力してきたんですよ? ガルドさんの『自分の信念さえ貫き通せばどこまでだって強くなれる』っていう言葉を信じて!」


 随分と懐かしい話を持ち出しやがる。そんな言葉をよく覚えてるもんだ。そして俺も思い出した。ルークには少々厳しい現実を教えてやらねばならんようだ。


「ルーク、その言葉な……ありゃ嘘だ。悪いな」


「えっ!? ど、どういうことですか……!」


「いやお前……信念だけで強くなれるわけねぇだろ。才能次第よ。それが現実だ。あー、スッキリした。あん時の誤魔化しは妙に罪悪感があったんだよなぁ。喉のつかえが取れた気分だぜ」


 無垢な少年に吐いた綺麗事を数年越しに訂正できて俺はご満悦だった。塩辛い揚げ物をつまむ手も進むというもの。酒の喉越しも格別な爽やかさを訴えてくる。くぅ……うめぇ! この雑な酒精が鼻を抜けていく感覚は何物にも代え難い。


 反面、ルークは蒼白な表情だ。呆然とした顔で言う。


「え……? えぇ……? なんでいま、そんなことを言うんですか……?」


「今だからこそよ。もうチビじゃないんだろ? 現実が見える年頃になったんなら言葉を飾る必要はねぇ。そう判断した。現実の重みで殴られたことのねぇやつが成長できるもんかよ。通過儀礼ってやつだな」


「……それ、今じゃなければ駄目でしたか?」


「駄目だね。おら飲め! 今なら酒が何もかも忘れさせてくれっからよぉ!」


「……二度と忘れないよう、胸に刻みつけて飲みます……!」


 むっとした顔のルークがぐびと酒を飲み干す。へっ、ちっとはマシな顔になったか。勇者の幻影なんて追うもんじゃねぇぜ。人には人の身の丈ってもんがあるんだからよ。

 そしてニュイは大してショックを受けていないあたり……だいぶ現実ってモンに慣れたと見える。こいつが側で手綱を握っているならばルークも安心だろう。直情径行を隠しもしない馬鹿だが、率先しておっ死ぬってことはなさそうだ。


 そしてむっとした顔のやつがもう一人。


「……なによ。もしかしてあんたたちって古馴染みなワケ? ふーん……あの時、四人揃ったのが初めての顔合わせだと思ってたのに……ふーん」


「出たな妖怪仲間外れ妬み女め」


「はぁっ!? なにそのふざけた名前っ!」


「事実だろぉ? もっと楽しく飲もうぜ、せっかくの昇格祝いなんだからよぉ」


 俺は優雅な所作でジョッキを傾けた。顔を真っ赤にしてぷるぷると震えた黒ローブがテーブルを叩く。


「仲間外れにしたのは、事実でしょうがッ! なんであの時、あんたは私にだけ作戦を共有しなかったのよっ!」


「いやだって……お前、演技とかできないだろ……作戦台無しにされる未来しか見えねぇよ。言い換えれば、俺はお前のポンコツさを信頼したんだ。お分かり?」


「…………ッ! できるわよ、そんな、簡単な演技くらいッ! 馬鹿にしないで!」


「おーし言ったな? じゃあ今から適当な嘘をついてみろ。何でもいいぞ。さん、に、いち、ハイどうぞ!」


 俺はズビシっと黒ローブを指さした。

 突然の要求に黒ローブは目を泳がせた。動揺していますと言わんばかりに手をもじもじと動かし、言葉にならない言葉を紡ぐ。


「えっ、あっ、あー……私は、えー……嘘を、ついて……」


「失格! 大根以下だこのゴボウ役者め! 次、ルーク!」


 俺はズビシっとルークを指さした。

 黒ローブの惨状を見て笑いを堪えていたルークが目を見開く。馬鹿め、油断してやがったな。常在戦場の心構えを忘れるからこうなる。いつ刺されるか分からないのが飲みの席だぜ。


「えっ、エー、僕ハ実はナマケモノで、実は楽して生キテいけたラいいナと思ッてマス……」


「大根ッ! 発音も話題もクソ過ぎるぞ! 次、ニュイ!」


「ガルドさんって後輩思いのいい先輩ですよね。ほんと、理想の先輩って感じで……凄い尊敬しちゃいますっ! 強くてかっこよくて優しくて……言う事なしですよ!」


「見ろ。コレだよ。分かったか根菜類ども」


 大根ルークとゴボウ女が歯噛みする。対するニュイはどことなく得意げな顔だ。大人しいふりして魔性の女よ。

 俺は強めの酒をジョッキに注いでニュイの前へと置いた。


「勝者へ贈る俺からのプレゼントだ。おら飲め」


「わぁ……! ありがとうございますっ! ガルドさんってやっぱり優しいっ!」


「もう演技やめていいぞ」


「そうですか。あ、飲みだからって無茶振りやめてくださいね? そういうの昔の価値観っていうか、ほんと嫌われますよ。ご忠告まで」


 おうおう可愛げのないガキだぜ。この俺を年寄り扱いだと? ケツの青いチビ風情が舐めやがって。俺は言った。


「ニュイよ。前々から思ってたんだが……お前、先輩に対する態度ってもんが分かってねぇな? ん? 俺はお前に何かしたか? おう」


「……別に。ルークをこんな猪突猛進の死にたがりにしたことを恨んでなんていませんよー」


「ニュイ!?」


「おいおいそりゃ俺のせいじゃねぇよ。本人の資質だろ? もともと考えなしの向こう見ずだっただろうに、それを俺のせいにされちゃ敵わねぇなぁ!」


「ガルドさん!?」


 間抜け面したルークの反応がおかしくて、二人してカラカラと笑い合う。

 むくれていたルークもやがて破顔し、酒を呷って笑い合う。

 実にありふれた酒の席だ。本音を吐き出せる場ってのぁ尊いもんだぜ。


「……やっぱり、なんか三人で盛り上がってる」


「まだ言ってんのかゴボウ女よ。いいからもっと飲め」


「ゴボウ女って……さっきからあんたは……! 謝って! 仲間外れにしたこともひっくるめて、誠心誠意謝りなさい! この鉄錆勇者!」


 ヒートアップした黒ローブがバンバンと平手でテーブルを叩く。よしよし乗ってきたな。しかし納得いかんね。謝れだと? 順序が違うだろうに。俺は炒り豆を噛み砕きながら言った。


「謝罪を要求するならそっちが先に筋を通したまえよ。俺はな、黒ローブよ、お前から受けた屈辱を今日まで忘れた日はなかったんだからなぁ……!」


 俺の物言いに不穏なものを感じたのか。目を見開いて動揺をあらわにした黒ローブは、しかし次の瞬間には(まなじり)を決して俺を睨んだ。


「は、はぁ? 何よ屈辱って。私はあんたにそこまで言われる覚えなんてないけど?」


 覚えがない。なるほど。そうだろうとも。酒に酔って何もかも忘れちまったんだからさもありなん。


 ならば思い出させてやろう。俺はジョッキの酒を飲み干した。青い顔を作って口元を抑える。


「うっぷ……ぉぇ……吐きそう……!」


「はぁ!? あんた、ちょ、ここで吐いたら承知しないわよ!」


 ばっと椅子を蹴り立った黒ローブ。対するルークとニュイは軽く吹き出して笑いを堪えている。

 やはりこの二人も覚えているか。そりゃ忘れられるわけないよなぁ。あんな鮮烈な光景はよぉ……!


「…………え、な、なによ」


「やれやれ。どうやら本当に忘れていると見える。なぁ黒ローブ……いや、ゲロローブよ」


「ぶっ!」


「んフッ……!」


 ルークとニュイが吹き出した。さっと顔を背け、肩をふるふると震わせている。他人事だと思いやがってチビめ。


「何よ……二人とも? どうしたの?」


「謝れだと? 笑わせる。謝るならお前が先だろ。よく聞け、銀級のメイ。お前は前に酒を飲んだときにな……」


 俺は親指で自分の頭を指さした。ちょいちょいと動かして強調する。


「この俺の……勇者ガルド様の頭に……あろうことか、てめぇのゲロを引っ掛けたんだよ! ありゃ最悪な気分だったぜ、なァ! 有史以来最大の不敬行為だぜ! 誇れよ。王都だったら市中引き回しのうえ縛り首だぞ、オイ!」


 ルークが笑いすぎて咳き込んでいる。ニュイはテーブルに突っ伏して地団駄を踏んでいる。チビめ、やはり後で教育してやらねばならんな。


 尋常ではない二人の様子から俺の言葉が真実であると察したのだろう。

 反論でもしようとしたのか口を開いた黒ローブは――一転、口をぱくぱくさせて言い淀んだ。血の赤よりも顔を朱に染め、上擦った声を絞り出す。


「――――ッ! そ、そんなことッ! わ……私がするわけ……! ルークくん!? ニュイちゃん!? ねぇ、嘘でしょ……!?」


「さぁ謝れよ黒ローブ。吐いたゲロは飲み込めないぞ」

「ぶっ!」

「くくっ……!」


「おっと失礼。吐いたツバは飲み込めないぞ。謝罪を要求するなら、まずはてめぇから範を垂れるといい。おっと、ただ謝るだけじゃ駄目だぞ? そんなのは猿にもできる。自分の罪状を自身で(そら)んじた上で、二度としませんと誓いながら誠心誠意頭を下げるんだ。ほれ、やってみろ!」


 しでかしたことの羞恥と煽られた怒りが頂点に達したのか、黒ローブはいっそう強く歯噛みしてローブの端を強く握りしめた。屈辱に耐えかねたのか、強く俺を睨みつけるも……真っ赤になった頬と潤みを湛えた瞳のせいでちっとも威厳を感じない。吐き出す声も震えていた。


「そっ……そんなこと……私は、知らないっ!」


 そしていっそ清々しいほどに開き直りへと転じた。


「もし、仮に、それが事実だったとしても……私がやったのは鉄級のエイトに、でしょう! 勇者ガルドにやったんじゃないわ! 違う!?」


 苦しい言い訳だ。

 しかし真理でもある。

 俺は言った。


「いいや、違わねぇな。くくっ……そうムキになるなよ。ちょっとした冗談じゃねぇの? さっ、座れよ。先はまだ長いんだからな」


 別に本気で謝罪を欲しているわけじゃないさ。屈辱を受けたのは鉄級のエイトである。それは紛れもない事実なのだ。


「なによ……急に冷静になって……第一、あんたはどうして急に取り繕うことをやめたのよ!」


「あん?」


「だって、そうでしょ……! 自分の正体が勇者だったなんていきなりバラして……こっちは心の整理もついてないのに、あんたは堂々として()()姿()のまま普通に過ごしてるし……どういうことなのよ!?」


 どういうこと。どういうこと、か。


 そんなことは簡単だ。しかし説明するのは骨が折れる。理解を求めるのも難しい。たとえ言葉を重ねても……その分だけ言い訳がましくなるだろう。


 ゆえに俺は一言だけ言った。


「だってよぉ、お前らは俺がこの姿だからって理由で、接する態度を変えないだろ? だったら……鉄級のエイトなんて人格はいらねぇんだよ」


 偽らざる本心を曝け出せることの、何と心地よいことか。

 来るもの拒まずの精神が根付いたこの街は、天に御座す女神様が遣わした救世の徒であろうとも分け隔てなく受け入れてくれる。


 底抜けな懐の深さをその身で感じつつ、俺はゆっくりと杯を傾けた。

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― 新着の感想 ―
タイトルのトゥルーライフ。 いつも使ってたフェイク・ライフ。 なぜでしょう、なんか……泣けますね。
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