勇者から勇者へ送る依頼
何の因果なのか知らんが、ここ最近は妙に断頭台に縁がある。不名誉すぎる因縁だ。是非とも首と一緒にスパッと断ち切ってもらいたいモンである。
街の中央広場には数えるのも億劫になるほどの民衆が押し寄せていた。
呼べば集まるってのは優秀だ。しかしここまで集まってくるとは思わなかったよ。処刑騒動なんぞ比にもならねぇ。街中の住人全員が集まってきたんじゃないかと錯覚するほどだ。
呼べと言ったのは俺だが……いくら何でも多すぎるだろ。どれだけ気合を入れて招集したんだか……。
断頭台の上に立ち周囲を見回す。何の騒ぎだと喚いている連中もいるが、その他大勢は断頭台に上がった俺が喋り始めるのを待って口を閉じていた。
さて、何から話すべきかね。
効果的に煽るにはどうすればいいか。そんな策を頭の中でこねくり回し――いいや、面倒だ。俺は考えるのをやめた。口から出るに任せることにする。
【響音】発動。街の端まで届くように、しかしうるさくならないよう調整して声を出す。
「あー、まずは挨拶でも交わすとしようか。御機嫌よう、エンデの諸君。知らんやつのために名乗っておこう。俺は勇者ガルド。国の神輿として担ぎ上げられてる勇者の一人だ。先日、なにやら俺の偽物がこの街で暴れたとかって話だな。その節はどうも」
エンデの街を騒がせた例の茶番は悪辣な呪装を用いた俺の偽物の仕業ということになっている。国を欺くために打った手だ。
いまここで種明かしをしてもいいのだが、一から十まで説明するのは手間がかかる。それに偽物の仕業で通したほうが何かと都合がいい。ここはルーブスが用意した筋書きを使わせてもらう。
「あわや大惨事とのことだったが……みな健勝そうで何よりだ。いやはや、流石は豪傑が集う街と名高いエンデだな。国家転覆級の重罪人を速やかに処理したこと、国に代わって礼を言おう」
勇者からのお褒めの言葉だというのに民衆からの反応は鈍い。ま、実質的に活躍したのはクロードと『聖女』オリビアだけだからな。素直に賞賛を受け取れないのだろう。
だがそんなことはどうでもいい。無駄に豪快な野郎どもの無駄に繊細な機微など、これから為してもらうことの前では些事も同然。
半歩足を引き身体の向きを変える。集まった全員の顔を見渡すように。演説時の人心掌握術というやつだ。
「さて、前置きはここまでとして本題に入ろう。こうして皆に集まってもらったのは他でもない。その勇猛さを見込んで……俺から一つ依頼を申し込みたくてね」
視線を誘うよう緩やかに回り、一周したところで一拍溜めを作った。
十分な注目が集まったことを確認してから続ける。
「今から三日後……この地で魔物の大群が発生する。観測史上最大の……今までに類を見ない、まさに地獄の顕現が如き厄災に見舞われるだろう。依頼の内容は至極単純だ。諸君らには一致団結してこの難事にあたり、そして打破してもらいたい」
何の脈絡もなく、それでいて前代未聞の凶報だ。寝耳に水、どころか熱湯をぶち撒けられたようなものだろう。俺の言葉は集った聴衆の平静を奪うに十分な威力を有していた。
ざわつきが波となり、互いに呑み込み合って渦となる。うねりが極限に達し、そして津波へと変じる――前に唱える。【鎮静】、【無響】。
「気持ちは分かるが、今はご清聴願おうか。とはいえ先に諸君らの疑問に答えておくとしよう」
いちいち騒がれるのは効率が悪い。反論は封殺する。俺は聴衆を無理やり黙らせて一方的に語った。
「先に立つのは疑心だろう。なぜそんなことが分かる。どうしてそんな事態に陥る。信憑性は。防ぐ手立ては。おおかた、そんなところか。あいにくと全ての疑問に律儀に答えるつもりはない。ゆえ、理由だけを話そう。これだけ勿体付けておいて悪いが……なに、特段複雑な理由があるわけではない」
単純明快。至極まっとうな理由だ。民が無責任にも勇者に託した願いを――その本懐を遂げるだけさ。
俺は言った。
「今から三日後。俺は魔王を倒してくる」
人を……人間を存続させる目処は立った。
魔物を全て消し去る算段も立った。
国の上層部も旧態依然からの脱却を受け入れた。
後は――約束を果たしに行くだけだ。
「結構な激戦が予想されるんでね。世界各地で大規模な抵抗が予想されるだろう。他の地と比べて魔力溜まりが密集しているこの地には……より一層深刻な災禍が訪れると。つまりはそういうことだ」
魔王は世界を巡る魔力を制御している。魔物がなるべく発生しないように。
それはどれ程までに緻密さを要求される作業なのだろうか。まるで考えが及ばない。少しでも情緒を乱せば魔力が暴走する。ゆえに……魔王には感情を持つことは許されていない。
溶岩竜騒動……あれは俺が魔王の心を乱したせいで発生したのではないか。
確証はない。だが一因ではあるだろう。だとすれば……恐らくそれ以上の厄災がこの地を襲うこととなる。そういう理屈だ。
「当然だが俺は協力できん。勇者シンクレアおよび勇者レイチェルも国全土に出現した魔物を処理するために飛び回ることになる。この地への介入はないものと考えてくれ」
そう宣言した瞬間、冒険者連中の顔が一斉に険しいものへと変じた。中には死期を悟ったような目をする者もいる。
冒険者はあの溶岩竜騒動を知っているからな。俺とクロードの支援があってようやく切り抜けられた異常事態――それを更に悪辣にした地獄を自分らの力だけで切り抜けろと宣告されたのだ。
言うまでもなく死ぬ。
玉砕覚悟の特攻と言えば華々しいが……その実態はほとんど犬死にと変わらない。足止めにもなるかどうか。誇りある戦いとは無縁な、蹂躙劇の被害者になるのが関の山である。
俺の言葉は死刑宣告と変わらない。そりゃ死人みたいな顔にもなるというもの。
だがまぁ、そう焦るな。そうはならねぇようにわざわざ手を打ったんだからよ。
「無理を言っているのは認めよう。だがこちらも精一杯でね。この采配は覆らない。……そこで、だ。ある伝手を利用して頼もしい助っ人に駆けつけてもらった。実績ならある。足手まといにはならんだろうさ」
王都という華の都に居を構えながら、濃く深い闇の中で爪を研ぎ澄ませ続けた者たち。
幼少の頃から力に慣れ親しんでおり、外へと繰り出し魔物の駆除もこなしている。有用な呪装を複数所持しており、力の行使に躊躇いがない。
敵に回せば面倒な連中だが……味方に回せば背中くらいは預けられる。
【無響】部分解除。俺は意思を飛ばした。来い、ライザル。
『ウオオオオオオオオオオオォォォォォッッ!!』
街の入口から獣の咆哮を彷彿とさせる鬨の声が響く。直後、地を震わせる行進とともに無法者の群れが雪崩込んだ。
スラム流のパフォーマンスだろう。相手に印象を与えるには力を誇示するのが一番手っ取り早い。それはエンデでも通じる流儀の一つである。
雪崩込んだ連中が跳躍と同時に散開した。広場外周に立つ家屋の屋根にぐるりと立ち、一糸乱れぬ動きで己の得物を掲げる。総数千人超の猛者が魅せる連携には俺をして舌を巻くものがあった。
統率力の証明。そこには自由を重んじるエンデの冒険者が有していない規則正しさがあった。
「ん〜、噂にゃ聞いてたがいい街じゃねぇの。アホ面で浮かれてるやつばっかりの王都とは空気が違ぇ。さすがはルーブスさんの治める街ってとこか」
宙に浮く呪装はまだ予備があったのだろう。ふわりと断頭台に降り立ったライザルが辺りを睥睨し、顎を撫でながら所感を述べる。
そして俺へと向き直り、膝を折って臣下の礼を披露した。
「勇者ガルドさんの麾下千百四十五名。招集に応じ馳せ参じました」
「ご苦労」
さすがはライザル。武闘派とはいえそこそこ頭が切れるようだ。理解力に乏しい脳筋ばかりのエンデの民もこれでこいつらが味方の立場であると察したことだろう。
それでも念には念を入れて説明しておく必要がある。俺は片手を上げた。ライザルの手下が一斉に得物を下ろしたことを確認してから言う。
「紹介しよう。俺の部下であるライザル、そしてその配下だ。彼らには諸君らと協力して此度の災厄に立ち向かってもらう。腕のほどは保証しよう。信じられないなら腕比べでも催すといい。そうすれば嫌でも分かるだろうさ」
「戦う前に消耗するのは得策じゃねぇが……挑まれたら俺たちは逃げねぇぞ。誰一人としてなァ!」
俺の扇動、そしてライザルの挑発を受けて冒険者ほか街の連中が気色ばむ。よそ者がでかい顔をするなとでも言いたげだ。
いいね。それでこそだ。死人みたいな面を浮かべてるよりは幾分か血の気があるってもんよ。
…………だが。
「だが。……正直に言わせてもらおう。千人超の増援があったとて、此度の地獄を踏破するのは至難を極めるだろう」
というか無理だ。ライザルたちの参加はたしかに頼もしい。戦力は単純に考えても倍近くにはなっただろう。
だが、逆に言えばそれまでなのだ。蹂躙劇を覆すには至らない。
変わらぬ現実を突きつけられた民衆の顔に再び陰が差す。
だから焦るなって。正真正銘、俺以外の誰も知らない特大の隠し球が控えてるんだからよ。
「そこで! 俺の伝手を頼って更なる協力を取り付けたッ! 腰抜かすなよお前ら! おとぎ話にしか出てこねぇ伝説サマの降臨だ!」
俺は意思を飛ばした。来い、族長。
じじじ、と。空気を切り裂く不快な音が鳴り響く。
断頭台の上空に亀裂が走る。不吉を象徴するような光景を見て、エンデの住民たちは一斉に指を差して仰天の表情を浮かべた。
しかしそれは全くの誤解である。それは俺も姉上も使えぬ『転移』の法の前兆だ。現れ出るは歴史の断絶が生んだ空想の種族。幼き肉体に溢れんばかりのエネルギーを内包する美と知識の申し子。
亀裂が広がり穴となる。降ってきたのは見た目十五、六歳ほどにしか見えない男女の群れだ。
「わぁぁい!」
「外だーーっ!」
「本で見た『街』だぁっ!!」
もしも【無響】を展開していなかったら大騒ぎになっていたことだろう。
空から降ってきたエルフは総勢百名近く。彼ら彼女らは見た目からは想像できない俊敏かつ柔軟な身のこなしを披露し、断頭台周囲の空いているスペースに着地した。そして最後に出てきた族長が俺の隣にふわりと降り立つ。
演出としては上々だ。俺は両手を広げて言った。
「紹介しよう。今日、この日より人類の良き隣人となるエルフたちだ。お前ら、本で学んだ挨拶をしろ」
『よろしくお願いしまーす!』
降り立ったエルフたちが一斉にぺこりと腰を折る。
第一印象の操作は肝要だ。こいつらが受け入れられる下地作りはもう始まっている。
未曾有の危機に駆け付け、肩を並べて恐るべき脅威に立ち向かう……エルフが表舞台へと参入を果たす足掛かりとしてこれほどまでに適したシチュエーションはそうないだろうよ。俺は契約を履行する男だぜ、族長。
事がうまく運べばエルフは社会に溶け込めるだろう。そのためにはしっかりと釘を刺しておかねばならない。エルフのためにも。そして何より……エンデの住人のためにも。
「さて、お前らの中にどれだけ拍子抜けしたやつがいるか分からんが……言っておくぞ? 見た目こそちんちくりんだが、こいつらは中々に凶ぼ……勇敢だ。間違っても喧嘩を売るなよ。軽々しく手合わせを申し込むのもやめろ。……フリじゃねぇぞ? こいつらに正当な理由を与えるな。大義名分を握らせるな。絶対にな!」
「もう……勇者様ったら、私たちが何かやらかすみたいな言い方は酷いですよ? これから友誼を結ぶ方たちを相手に手荒なことをするわけないじゃないですか」
「……………………。…………とにかく、そういうことだ。美と知識の種族エルフが全力で冒険者どものバックアップに回る。おう、お前ら! 俺の教育を思い出せ! 殺していいのは!?」
『魔物だけー!!』
「よしっ! 絶対に守れよ!! いいなッ!!」
エルフが揃って快活な返事を寄越す。これなら大丈夫だろう。多分。あれだけ言って聞かせたんだ。さすがに見ず知らずの相手を捕まえて腹を掻っ捌くことはない。…………そう思うことにしよう。
俺は咳払いをして燻る不安を頭から追い出した。
「さて、諸君。おとぎ話に語られるエルフが加わったことで戦力は整った……と、思うだろうが」
伝説の参上に沸き立つ民衆へ否を突き付ける。
「まだ足りない。エルフの力を借りてなお不足している。此度の厄災はそんな甘いもんじゃねぇ」
実際にどうなるかは分からん。だが楽観は隙を生む。確実なことが言えない以上、不安は煽れるだけ煽っておいたほうがいい。
いつ落とし穴に落ちるか分からないって状況の方が燃えるだろ。こいつらは。
そして。その穴すら塞ぐマスターピースが登場すりゃ後顧の憂いは断ったも同然よ。
「そこで最後の助っ人を紹介しよう。……クロード、来い」
「……はい!」
集った民衆の中から一つの影が飛び出す。濃茶の外套を纏った黒髪の青年……クロードが断頭台に降り立ち、そして【偽面】を解除した。
俺と瓜二つの金髪碧眼が晒される。
勇者ガルドと同じ容姿で、勇者ガルドと同じ才を持ち、勇者ガルドの記憶を有し――しかし俺とは異なる意思を持つ存在。
あの騒動の日……守りたいとこいつは言った。見捨てることで覚悟を尊重しようとした俺とは違う。
それはきっと"僕"の名残だろう。夢見がちで青臭い理想を抱いた在りし日の勇者ガルドの残滓。それがこいつの核であるならば――俺とこいつは違う。ゆえに心置きなく後を託せる。
「やれるな?」
短く問う。自信に満ちた声が返ってきた。
「はい。見て、学びましたから。同じことがあった時に、意思を全うできるように」
「なら結構。全力でやれ。他に言うことはねぇ」
勝ちだ。盤面は覆る。こいつが覆す。
なんたって、勇者なんだからな。技と記憶、そして確たる意思さえありゃ怖いもんなしよ。世界だって救える力だぜ。こんな辺境の些事くらい難なく解決してみせろ。
「と、いうわけで俺の弟であるクロードがお前らを取り纏める。これだけ錚々たる顔ぶれが揃ったんだ。各々が死力を尽くせば地獄の踏破も敵うことだろう」
既に俺は勝利を確信しているが、それは明かさなくていいことだ。
油断した馬鹿が先走って命を落としたら台無しだからな。もしそうなればクロードは一生気に病み続けるだろう。そんなことは絶対に許さん。ゆえに楽観は与えない。こいつらには死に物狂いで働いてもらう。
そのために必要なのは鼓舞と激励だ。報酬なくして士気は上がらない。俺の声を聞く全ての人間に最善を尽くしてもらうため――少々、財布の紐を緩めるとしよう。
「依頼者である俺からの支援は以上だ。そう、忘れないでもらいたいのだが……これは俺が直々にエンデの諸君、及びほか協力者に言い渡す依頼である。魔王征伐に伴う抵抗の余波を食い止めてくれと、そういう話だ」
姉上とクロードだけでは抵抗の余波を完全に食い止めるのは厳しい。だから俺はこいつらの力を借りる。
そして今の俺の信条は貸しも借りも作らない、だ。依頼に伴う報酬は手配してある。
「ライザル。首尾は?」
「上々。闇市の連中は金の臭いがする所にはどこへだって付いて来るからなぁ……。それがたとえ地獄の真っ只中であろうとも。そら、来ましたぜ!」
街の入口方面へ続く目抜き通りに馬車の群れが殺到する。俺がライザルに手配させた商人たちの行列だ。積み荷の中身を口に出すのは野暮というものだろう。戦の前に士気を上げる方法など唯一つしかないのだから。
「依頼の報酬は前払いとしよう。即物的なお前らにゃお褒めの言葉も勲章授与も無報酬と変わらねぇだろ? だからなぁ、心優しい俺が馬鹿騒ぎするための品を王都から取り寄せてやったぞ!」
泣いて喜べ愚民ども。俺が稼いだ金が全て吹き飛ぶほどの大宴会の開催だ。
「飲め! 食え! 歌って踊れッ! 勇者様の奢りで好き放題できるなんて贅沢は今後一生味わえねぇぞ! 慈悲深い俺からてめぇらに送る獄の地への渡し賃だッ! 有り難く受け取りやがれッッ!! 勇者どもッッ!!」
【無響】を解除する。瞬間、怒涛の如き歓声が街全体を包み込んだ。




