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クズ勇者のその日暮らし  作者: 珍比良


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補助魔法の真なる神髄

 大鐘を全力でぶっ叩いたみたいなゴンゴンとした痛みが頭の中を反響している。


 飲み過ぎた。疑いようもなく二日酔いのそれである。


「あー死ぬ……死ぬぞコレ……下手すれば死ぬ。ちょっと頑張れば体ン中が四散して死ぬ……」


 俺はテーブルに突っ伏し、きめ細やかなクロスの感触を頬で味わいながら現状把握を終えた。


 昨日はひたすら飲みまくったからな。目に入った酒を片っ端から腹に収めた気がする。最後の方は意地になってたな。ほとんどが高い酒だってのに味すら覚えてねぇ。いや勿体ないことをした。


 転がっている酒瓶が目に入る。ということは……ここは大食堂なのだろう。酔い潰れてたから放置されたってとこか。ひでぇぜ。


「あーくそ身体いてぇ……うぷっ……こりゃ死んでおくか……」


 酔いを覚まさなければ歩くことすらままならない。酒は飲んでも飲まれるな、なんて格言が幅を利かせるわけだぜ。

 こりゃきつい。解毒魔法も酔い覚ましもなかったら地獄だ。拷問にだって使えるぞ。


 しかし俺は勇者ガルド。死ねばたちまち綺麗さっぱり健康な身体へ元通りよ。教会に移動せざるをえないのが難点だが、朝の散歩だと思えば優雅な午前のひとときとも言える。


 俺はいつもの短剣を取り出した。流れるように首を――


「ダメだよ」


 斬れなかった。

 俺の愛剣がひょいと取り上げられる。気力を振り絞って首を捻るとそこには締まらない顔で頬を膨らませるシンクレアがいた。後ろにはレイチェルも控えている。


 俺はひとまず抗議の声を上げた。


「あにすんだよ」


「もう! そうやってすぐ首を斬ろうとする……。今日という今日は許さないからね」


「あぁ? いいからちょっと軽く死なせろって……頭が痛えんだよ……苦しんでる弟を見捨てるのか、姉上よ」


「ふん、自業自得だ。お姉ちゃんにあんな酒を飲ませた罰だぞ。少しくらい痛い目を見るといい」


 これはこれは。俺は嘆息した。

 どうやらこの姉上らは昨日のことをまだ根に持っているらしい。


 嫌だねぇ。これだから礼儀を知らない勇者サマは困る。酒の席での話をシラフになってから持ち出すなんて無粋の極みだぜ。ご法度ってやつだ。やはりこいつらには酒を嗜む際のマナーが備わってないと見える。


 俺は綺麗さっぱり水に流したぜ。あのクソカス宰相の鬼畜の所業も笑って水に流し……やっぱ許せねぇわ。クソが。


「うっ……力むと頭が締め付けられる……姉上よ、もう死ぬのは諦めるから解毒魔法くれ」


「ダメ。しばらくそうして反省してなさい。弟を躾けるのも姉の役目なんだから」


「そう言うなよー。頼むよ……レア姉」


「……………………。だ、ダメ……」


 チッ。内心で舌打ちする。これならいけると思ったんだがな。俺は標的を変えた。


「レイ姉〜。ちょっとその短剣で首斬ってくれよ。……いいだろ?」


「……だめだっ! そんな甘えるような言い方をしても……だめだ……!」


 なんでダメなんだよ。いいだろ。ちょっと首を斬るだけじゃねぇか。俺はため息を吐いた。うおう、酒くせぇ……。


「とにかく! 今日は絶対に逃さないからね!」


「えぇ……? 俺ぁこれからやることが山積みなんだよ……いいから軽く殺してくれって。軽くね?」


「ダメだってば、もう。……辛いなら、看病くらいしてあげるから……」


 馬鹿め。今の俺に必要なのは看病じゃねぇ。介錯だ。

 首を斬ればそれで解決だってのに、どうしてわざわざまだるっこい択を選ぶのか。理解に苦しむね。


 そして姉上よ。なぁ姉上よ。お前……いま何と言った?

 今日は絶対に逃さない、だぁ? おいおい。俺は呆れた。昨日あれだけ力の差を見せつけたというのに……まだ理解していないみたいだな?


 今の俺は世間で持て囃されている勇者二人にも引けを取らない。どころか圧倒的な優位に立てる。姉上二人がかりでも俺には勝てなかったんだぜ。つまりお前らは俺に比べりゃ半人前もいいところってわけよ。


 それをどうだ。俺を逃がさない? 大言壮語も甚だしい。口だけは一人前だぜ。まだ俺をどうこうできるなどと思い上がってるのか。増上慢とはまさにこのこと。


 姉上。なぁ姉上らよ。今の俺は魔王の【洗脳(リライト)】を破ったうえに全ての戒めから解き放たれたんだぜ?

 その俺を御してみせるなど笑止千万。ならば刮目して見よ。これが補助魔法の――真なる神髄だ。


痛覚曇化(ペインジャム)】。これは外せない。

膂力透徹(パワークリア)超剰(イクシード)】。身体に備わった運動制御と抑止力をブッ壊す。

耐久曇化(バイタルジャム)】。身体の内側、各器官の強度を引き下げる。


 準備完了。俺はグッと腹に力を入れた。反動で身体が震える。


「ぐッ!」


「わっ! ちょっと……ガル、大丈夫?」


 突然痙攣した俺が心配になったのか、姉上が俺の背中をさすってくる。

 無駄だ姉上。看病なんていらんよ。どのみち――もう大丈夫じゃないからな。


「おい、レア……そ、それ……」


「えっ? …………え?」


 俺は吐血した。尋常ではない量だ。誰が見ても致命傷と判断するだろう。それを見た二人が固まる。


 とくと見よ。これが俺の新技――腹圧式自殺だ。

 極まった補助魔法の前では凶器など不要。ただ腹に力を込めるだけで体内を四散させることができる。致命傷だ。治癒も間に合わない。

 もはや何者も俺を止めることなどできぬよ。俺は死んだ。


「……ガルっ! ガルーーーーッッ!!」


 逃走成功。んじゃ、あとはよろしく、姉上。


 ▷


 エンデに飛んだ俺は【伝心(ホットライン)】で各所に連絡を取った。エルフ、部下、姉上にも指示を飛ばし、そして冒険者ギルドにも一報を入れる。


 直接話せるか、との返答があったので俺はギルドに足を運ぶべく教会を出た。


 時は昼前。朝一発目に活気が爆発した後、昼の第二波に備えた小休止の時間だ。


 飯処は仕込みに精を出し、商人たちは馬車や荷車を走らせて日銭を稼ぐべく奔走する。国がある程度の金をばら撒き華やかな生活を保障している王都とは必死さが違う。これぞ人の営みってやつだ。


 街を歩いていると肉を炙った香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。

 そういや朝から何も腹に入れていなかったな。空きっ腹がぐぅと抗議の声を上げる。よし、今日はあの店にしよう。


 俺は早い時間から肉を焼き始めている屋台に立ち寄った。串に刺さった肉が濃厚な脂を滴らせ、食欲を煽るジュウジュウとした音を奏でている。

 中身が生焼けにならないよう肉も手頃な大きさにカットされてるな。焼き加減もちょうどいい感じだ。表面に少しの焦げが浮き出るくらいがベストである。


「オヤジ。串焼き三つと安酒をくれ」


「ういよー。……? …………んあ!?」


 串焼き屋のオヤジは俺の顔を見て素っ頓狂な声を上げた。


「あんだよ」


「えっ……ああいや……えっ? お、おう……」


 歯切れ悪く言葉を発したオヤジが首を傾げて肉を取り分ける。

 どうやらこいつは勇者ガルドの顔を知っているらしい。今の俺は【偽面(フェイクライフ)】を使っていないからな。三日前に茶番騒動があったばかりだ。頓狂な反応を寄越すのもむべなるかな。


「へい……お待ち……」


「どうも」


 代金を手渡して店を去ると同時に肉を頬張る。

 うむ、美味い。これだよこれ。この雑な塩味がいいんだ。飾り気も小細工も排した真っ向勝負は上品さの欠片もないが、それがむしろ清々しさすら感じる。肉の質はもう少し勉強できるし、値段が銅貨八枚と割高なのを考慮すると……七十八点といったところか。


 肉をもっちゃもっちゃと食いながら目抜き通りを進む。

 質素な服に着替えてきたので案外バレないんじゃないかと思ったのだが、どうやら思った以上に顔が売れてしまったらしく、誰かとすれ違うたびに高い確率で顔を二度見される。


 道端で監視をしている治安維持担当の冒険者がぎょっとして駆けていった。上へ報告を上げに行ったのだろう。いらん気遣いだぜ。俺もすぐに向かうんだからな。


 というわけで到着。街の中央広場にドンと鎮座するはここら一帯を守る荒くれどもを纏め上げている冒険者ギルドだ。


 俺は木製のスイングドアを押して中へと入った。空気そのものがガラリと変わり、濃い酒精と喧騒が全力で五感を刺激してくる。いつも通りのギルドだぜ。


「ほんとだって! 見間違いじゃねぇ! さっきそこの通りを歩いてたんだ!」


「俺も見たぞ! ありゃ間違いねぇ! また偽物かもしれねぇし……とにかく連絡を!」


 これだよ。この緊張感があってしかるべきだ。自分らのケツは自分らで拭くと決めたこの街のやつらは常に気を張っていて、自分らに迫る危険を率先して排除しようと必死になる。これが当たり前ってもんだ。


「おう、ちょいと邪魔すんぞー」


 俺は堂々と歩を進めた。受付に詰め寄る二人の冒険者の肩を掴んで押し退ける。

 受付に座っていたのは例の目つきの悪い受付嬢だった。前にニュイが名前を呼んでいたな。確か……シスリー、だったか。


 暫定シスリーは俺を見て大きく目を見開いた。そしてすぐにスゥと目を細める。相変わらず目付きが厳しいぜ。一応はギルドの顔だろ。それは許されんだろうに。


 まあ荒くれどもを相手取るにはちょうどいいのかもしれんね。

 取り留めもない思考を脇に置く。俺は言った。


「おう、ちょっとおたくの頭と話があるから中に入れてもらえるか?」


 にわかに騒々しさを増したギルド内で、流石と言うべきか、受付を担う暫定シスリーは動じることなく頭を下げた。


「かしこまりました」


 ▷


 ここ最近で妙に顔を出す頻度が増えたギルドマスター室でルーブスと事の次第を話し合う。

 とは言っても【伝心(ホットライン)】で事前にある程度のことは報告しておいた。これは念の為の事後報告および共有しておくべきことが漏れていないかの確認みたいなものだ。


「……では、もう国はこの街を狙うことはないのですね?」


「狙う理由がなくなったからな。勇者シンクレアも勇者レイチェルも都合のいい駒として扱うことはできなくなった。国は方針転換を受け入れざるをえない。そんな時に内々での揉めごとを起こすほど宰相も貴族も馬鹿じゃねぇよ」


「……本当に、トントン拍子で解決してしまわれましたな。さすがは勇者ガルド殿」


「気持ち悪ぃ世辞はやめろっつってんだろ。それに……そんなスマートに解決できたわけじゃねぇよ。俺からしたら気の遠くなるような時間を掛けて、やっとのことだ」


「そう、でしたな。軽率な発言でした」


 そう言ってルーブスが頭を下げる。

 チッ……やりにくいぜ。冒険者エイトとして長らく過ごしてきた俺にとってこいつは怨敵なのだ。そう簡単につむじを見せられたら拍子が抜ける。まぁ、だからといっていきなり距離を詰めた話し方をされたらイラつくんだけどな。複雑だぜ。答えがねぇ。


 咳払いして仕切り直す。


「そういうわけで、もう国がこの街に危害を加えることはねぇ。今後は畜産が盛んなツベートの隣接都市として、あとは辺境の開拓拠点としてご贔屓にされると思うぞ」


「さようですか」


 魔物が消えたら冒険者の食い扶持がなくなる。では荒くれ連中に何をさせるのかとなれば、力仕事を担ってもらうほかないだろう。農耕や牧畜に従事するのもありだ。この街も在り方そのものが変わっていくことになる。


 激動の余波は王都に留まらず国全体へ波及する。避けようがない現実だ。それを知ってなおルーブスは笑った。


「開拓に農耕。結構なことですな。クソのような魔物の臓腑を掻き分ける仕事に比べれば実に有益で、そして平和的だ」


「そりゃそうだ」


 力自慢どもは魔物畜生をブチ殺して街を守ることに生き甲斐を感じているフシがあるが……そもそも魔物なんてのはいないほうがいいのだ。今後は耕した土地の量で生き甲斐を感じてもらうとしよう。


「ともあれ……これでようやくひと心地つきそうだ。今日は久々によく眠れそうですよ」


 おっとルーブス殿がなにやら気を抜いておられるぞ。

 悪いなぁ。俺は心の底からルーブス殿に詫びた。笑みを浮かべて言う。


「いやぁ、それなんだがな? 実は俺はまだやり残したことがあってさぁ」


 不穏な気配を感じたのだろう。安らかなルーブスの顔に再び深い皺が刻まれる。


「やり残した、こと」


「ああ。姉上や宰相とは、まぁ粗方話をつけたんだが……もう一人、腹を割って話さにゃならん相手が残っててね」


 付けるべきケジメがある。そのためには……エンデの連中の協力が必要なのだ。

 俺の予想が的中すれば、恐らく……姉上二人でも対応しきれない空前絶後の事態が国全土を襲うことになるだろう。


「ついこの前……溶岩竜騒動があったろ? あれの数倍はヤバい魔物の群れが発生する可能性がある。わりぃが街の連中を広場に集めてもらえるか? 直々に話がしたい」

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― 新着の感想 ―
ガル君ダメでしょ…
補助魔法の真髄w 展開を見て一瞬で思い浮かんだのは、首元にナイフを出現させて、風殺で動かして斬る方法だったのですが…。 まさか道具すら使わないとはw 前より遥かに進化しているw
補助魔本の真髄で期待した俺が馬鹿でした。すいません。 にしても酷い自殺だなぁwww
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