降臨
国民に対して国家の威信を示すには、大規模な城郭を築造するのが最も手っ取り早く効果的だろう。
街のどこからでも目に入る程に立派な城がドンと鎮座しているのはそれはもう壮観だ。自分が住んでる家の何十、何百倍もあろうかという建造物が聳える様は格別な印象を心の深層に叩き込む。
貴族の豪邸すら霞む偉容だ。そこに御座す存在が全き至高の存在であると認識させるには十分である。王都に住む人間が他の街に足を運んだら拍子抜けすると同時、王都に居を構える自分たちは特別な存在なのだと優越に浸ることだろう。
まぁ、その殆どが見栄でしかないんだけどな。
仰々しく立てられた尖塔はもぬけの殻だ。幾つもある別棟には使用人が詰め込まれているが、その規模と数に対して人数が少ないので空室ばかりである。
城の中も似たようなものだ。馬鹿みたいに広いくせして、実際に使われている部屋は数えるほどしかない。
それでいて高価な調度品が隅々まで飾られているので手入れは必須ときた。要所を守る兵士よりも清掃を任される使用人のほうが圧倒的に多いのだから滑稽で仕方がない。
小心な貴族どもの自尊心を満たす虚栄の牙城。それが王城の真の姿だ。
そんな城の内部は貴族以外の連中が出払っていることもあり実に寂莫としている。使用人はおろか、武官も文官もいないってのは新鮮な光景だ。こうも人気に乏しいとむしろ風情があるかもしれんね。
存在感を消して城の廊下を進む。
目指すのはプレシアが潜んでいる部屋だ。姉上と宰相、それに国王のおっさんがいるであろう謁見の間にさっさと向かうのもアリだが、用心はしておくに越したことはない。あいつから話を聞いておいて損はないだろう。
部屋の位置は把握している。速やかに部屋の前まで移動した俺は部屋の扉をノックした。
「誰だ?」
男の声が返ってくる。
護衛の女はプレシアが呪装の管理を任された貴族に接近したと言っていたな。中にいるのは……そいつか。
「誰かと聞いている!」
【偽面】再発動。
ここ数年間、常日頃から使い続けていた魔法だ。その練度は俺の扱う魔法の中でも群を抜く。ちょいと部位を絞るだけで声真似だってお手の物よ。
「私だ。扉を開けたまえ」
老成した、しかしどこか神経質さを感じさせる声を出す。返ってきたのは慌てふためく声であった。
「さ、宰相殿!? 今は儀式の最中では……!?」
「その件で話があるのだ。早く扉を開けよ」
「はっ、只今……!」
部屋の中からどたどたと足音が響く。ガチャリと音がしたのを確認。瞬間、ドアノブを思い切り引き、体勢を崩した男の腹へ拳を叩き込む。
頭へ手をかざし【寸遡】発動。荒事慣れしてない貴族を無効化するなど容易いことよ。エンデの冒険者に比べたらなおのこと。
「おッ……ふ……!」
腹に一発、そして直前直後の記憶を飛ばされた貴族の男は白目を剥いて気絶した。
【膂力透徹】。男を担いで部屋の中に入る。椅子に座っていたプレシアが勢いよく立ち上がり駆け寄ってくる。
「勇者ガルド様……!」
「プレシアか。他に誰かいるか?」
「いえ、この部屋にはその男と私一人です」
「そうか」
ならば警戒の必要はないな。俺は担いだ男を部屋の隅に転がした。一つ蹴りを入れ、意識がないのを確認してから言う。
「プレシア、見事な差配だった。指示を下さずとも最善を尽くしたこと、褒めて遣わそう」
いやマジで助かったよ。あれはさすがに焦ったね。まさか俺の魔法でも壁を突破できないとは思わなんだ。ぶっちゃけ、もう『光天幕』がなくなるまで待ちぼうけするしかないと諦める寸前だったからね。
しかしそんな内情は露ほども表に出さない。王都スラム組……ライザルとプレシアにとって勇者ガルドは畏敬の対象でなくてはならないのだ。
シクスの影が俺に虚勢を張らせる。こいつら相手に俺の株を下げることはプライドが許さない。
尊大な態度でお褒めの言葉を授けるとプレシアは恭しく頭を下げた。
「お役に立てて何よりです。……かの呪装は如何なる手段を持ってしても破れないと聞き及んだため、何かしらの手を打てないかと思い至っての行動でした。そして呪装の管理を任された貴族に近付くことにしたのです」
「慧眼だな」
「恐れ入ります。……ですが、強い使命を帯びた者の心を乱せるのは精々が数秒といったところで……」
「それだけあれば十分だったさ」
「そう言っていただけて何よりです。……勇者ガルド様であれば転移で城内へと侵入できたのでしょうが……」
俺は鷹揚に頷いた。
「当然だ」
「はい。しかしながら……その、以前、く……首を斬った時に、転移は大変な労力を割くと仰っていたので」
「その通りだ」
「ですので……皆に指示を出し、少しでもあなたのご負担を軽減できるよう、予め準備を整えておきました」
「お前ならそう動くと信じていた。全て……俺の計算通りだ」
「恐縮です」
プレシアが再度深く腰を折る。気の強そうなこいつがとことんまでへりくだっているのは、国の蔵書を漁って俺の過去に触れたが故の畏怖と、俺に救われたことで抱いた敬服の情が入り混じった結果だろう。
畏敬の念というのは使える。勇者の威光と同じだ。無条件に上下関係を押し付けられる利便性を持っている。活かさない手はない。
「他に得た情報はあるか?」
高圧的に問えば即座に反応が返ってくる。
「はい。宰相ほか貴族たちは……勇者ガルドが死んだと思いこんでいるようです。勇者を殺すための剣で刺し貫かれたのを確かに見た、と報告があったようで」
「宰相はそれを信じたのか?」
「疑っておりました。自死ではなく他の者に殺された、というのが引っ掛かったようで……。報告があった後にすぐさま勇者シンクレアをエンデへと転移させたそうです」
「そして実際に俺の気配がないのを確認したことで信じざるを得なくなった、と」
「はい」
ふむ。事は概ね俺の想定通りに運んだようだ。
即興茶番を演じて衆人環視の中で俺が死ぬ。
エンデにいる手先が『確かに見た』と報告を上げる。
即座に勇者を派遣して勇者ガルド不在の証明を得る。
こうまで状況証拠が揃っちまうと信じるしかなくなるってわけよ。まさか俺が復活しているなんて予想できんだろうしな。
「そして俺の不在を確信し……意思を持ちすぎた勇者の再起動を決行。今に至る、ってとこか」
「はい。私どもは勇者ガルド様の健在を確信しておりましたので、こうして来訪に備えておりました」
「健在を確信、ね……。それはライザルもか?」
「ええ。勇者ガルド様の声掛けがあればいつでも動けるよう控えております。……彼は『俺たちを数年にわたって掌の上で転がし続けたお方だ。国の連中の目を誤魔化す程度わけないだろう』と」
「フッ……分かっているじゃないか」
……割とギリギリだったがな。俺は内心をおくびにも出さず口角を上げた。
あれはなかなかに力任せの綱渡りだったぞ。どれか一つでもボタンを掛け違えてたら俺は死んでいたし、エンデは滅ぼされていた。そういう確信がある。
まあ……結果良ければってやつよ。表沙汰にならない過程なんざどうでもいい。後に残る結果だけが全てだ。
「事情は分かった。諸々の処置に感謝しよう。ライザルの配慮は有り難いが……やつらにはまた別のところで働いてもらおうか。この場は……俺一人で始末を付ける」
【隔離庫】発動。もはや着慣れてしまった仰々しい服へと装いを変える。
本人証明みたいなもんだ。これを着ていきゃ宰相も俺を偽物だと疑いはしないだろう。
部屋の隅に転がした野郎の懐を探る。
……これだな。複雑な紋様の刻まれた大ぶりの魔石が嵌め込まれたロケットペンダント。『光天幕』の制御を担う核。
【追憶】発動。……ビンゴだ。これは貰っていくとしよう。
「あの……勇者ガルド様」
呪装を拝借し立ち上がったところでプレシアに呼び止められた。振り返って応える。
「何だ」
「……降臨の儀が行われてからは、結構な時間が過ぎております。……その、勇者シンクレアと勇者レイチェルの、記憶は……」
プレシアが視線を床に落とす。声は躊躇いに揺れていた。
言うべきか、言わざるべきか。そんな葛藤が仕種の端々から見て取れる。
身内の繋がりを重視するこいつにとって、今の俺の境遇は見るに堪えないものなのかもしれない。
下らねぇ心配しやがって。んなもん、こちとら百も承知よ。
「要らん気苦労だ。人のことより自分の心配をしておけ。その貴族の目が覚めたときに備えてな」
「ですが! ……自分の、家族と……戦うことになるかも、しれないんですよ……?」
戦う。戦うね。くくっ……。
思わず笑みが漏れる。狂気的にでも映ったか、俺を見てプレシアが細く息を呑んだ。
「……っ」
「ああ……悪いな。だが妙に感慨深くてね。最近――ちょっとした追憶に耽っていた時間があったんだ。どうしようもない劣等感に、クソみてぇな無力感に囚われていた時期のことをな」
今なら鮮明に思い出せる。自分に補助を掛け、さて仮想生物から姉二人を守ってやるかといきり立つ俺に向けられた叱責の声。お前はただ見守っていればいいと言われた時の劣等感。
いざ廃棄されそうになった瞬間、姉上二人に庇われて一命を取り留め――守られる側でしかなかったのだという気付きを得た時の無力感。
あそこからここまで這い上がったんだぜ。ようやく横並びになった。戦うことを至上命題として生み出された二人に、物の序でみてぇな理由で生み出された俺が追いついたんだ。
戦う。上等だね。
銅貨一枚の価値もねぇ命――その価値を真に問うならば、互いにぶっ殺し合うくらいが丁度いい。
「家族だからこそ徹底的にやりあうさ。俺の顔を忘れたッてんなら、頭ひっぱたいて思い出させてやる」
「ですが……」
「それに戦うなんて今さらだ。ほんの少し前まで中庭でぶっ殺し合ってたんだぜ? ちょいと過激な姉弟喧嘩みてぇなもんよ」
「……分かり、ました」
世の理から逸脱した生態を持つ勇者同士にしか分からない理屈がある。
それを認めたのか、プレシアは了承の意を示してそれ以上言わなかった。流麗な所作で辞儀をしてただ一言。
「ご武運を」
俺は身を翻した。去り際、適当に手を上げて言う。
「ああ。ま、戦わないに越したことはねぇんだがな」
俺の復活を知った宰相がどう出るか。それが一番の焦点である。
もう何をしても無駄だと悟って心を折ってくれれば良し。だが……それはないだろうな。そんなヤワな男だったら拍子抜けだ。なにより、その程度の野郎だったら国の舵取りを丸投げできねぇ。
部屋の扉を閉じ、自分の手のひらを見つめる。
巡る血潮の熱は本物か。抱いた意思は。覚悟は。そんな感傷に浸る。
「……それを、証明しに行くとしますかね」
勇者は兵器だ。国にとってはそうでなくてはならない。それを人と認めることは許されない。なんせこの国は奴隷制度を禁止してるんだからな。だったら俺らという存在を認めさせるまでよ。
呼吸を整え、しかし緊張の糸を切ることなく、気を充足させて城を進む。
見慣れた廊下を進み、やたらと豪華な造りの階段を登り、見栄を張るために作られた彫像の群れに出迎えられ。
謁見の間。そこに通じる大扉の前にはいつも控えている門衛はいなかった。
【膂力透徹】発動。無駄にデカい造りの扉に両腕を添え、躊躇うことなく力を込める。
重厚な響きを伴って扉が開く。時は昼過ぎ。採光用の窓から差し込んだ陽光が、謁見の間に佇む四人の姿を照らしていた。
「まさか……!」
宰相。政を司る国の心臓たる男は、限界まで目を見開いて俺を出迎えた。
「……やはり、健勝であったか」
国王のおっさん。その血筋を目的として生かされているお飾りの王の手には、勇者の自由意志を縛り服従させるための呪装である杖が握られていた。
杖頭部分に嵌められた宝玉から発せられた光を浴びているのは――
「…………」
勇者シンクレア。そして勇者レイチェル。不肖な姉上である。
玉座を前に傅いていた姉上二人がゆっくりと立ち上がり、俺の方へと振り返る。
その瞳は茫洋としていた。馬鹿みたいにはしゃいでいた面影は既になく、何の面白みもない無表情でただこちらを見据えている。まるで初めて会った時みたいだ。
どうやら既に再起動は完了しているらしい。
感懐初期化式。兵器に意思はいらず、ただ成果のみをもたらせばいい。
俺たちの叛逆を恐れた国の連中は、当然の処置として研究者たちにその対策を講じさせた。結果、作り出されたのがあの杖である。
記憶を消去する呪装。そんなものを作ったのは、あるいは長い時を狂わずにいられるようにという彼らなりの慈悲だったのだろうか。
俺は懐から酒瓶を取り出した。朗々と告げる。
「よぉ〜、なんか今日はめでたい日らしいじゃねぇの? 王都のそこら中でお祭り騒ぎだぜ? だったら俺を呼べよ、連れねぇやつらだ。ハブにするなんてさみしいじゃねぇか。俺も今日は飲みたい気分でね。……つーことで、ちょっと一杯付き合ってくれや」




