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全て計画通りだ

 肌を焼くような人熱(ひといき)れも、耳を(つんざ)かんばかりの馬鹿騒ぎも嫌いじゃない。頭ん中を空っぽにして楽しめる。欠点を挙げるとすれば、盛り上がるための題材が気に入らんってことくらいか。


 エンデよりは幾分かマシな都市計画に基づき区画整理された王都の大通りは、その整然さを微塵も感じさせないほどに混沌の様相を呈していた。


 街路をゆく民衆は揃って締まりのない笑みを張り付けている。浮ついた調子でふらふらと行き交い、肩をぶつけた相手と――それでも笑みを崩すことなく――今日は素晴らしい日ですね、などと言葉を交わして背を叩きあう。とても異様な光景だ。


 スペースが空いた区画では漏れなく吟遊詩人(バード)が持ち前の楽器を鳴らしている。

 メインどころはやはりキタラか。入念に調律された楽器と洗練された技が奏でる音色は人混みと喧騒の中をするりと縫って耳まで届く。そこへ負けず劣らずの清雅な唄声が合わされば路上はたちまち劇場へと早変わり。感極まった聴衆は惜しみない拍手で応じ、その中の数人は手など組んでほろりと涙を零してみせた。


 そんな光景が街のあちこちで見て取れる。

 中には素人がリラを適当に掻き鳴らしているだけのところや、国の仕込みと思われる巨大なハープを弾いている高貴な婦人の姿まであった。考えなしに角笛を吹いている連中までいるあたり、騒げれば何でもいいという雰囲気なのだろう。


「号外〜! 号外だ〜! 女神様の神託とっ! 救世の勇者様の降臨だぞ〜っ!」


 政策の節目とあれば国も動く。

 わりと豪勢に国庫の蓋を緩めたのだろう。王都のブン屋は揃って紙の束を空へ向けてバラ撒いていた。これだけの数をタダで配るのは相当な量の金が消えそうだが……平和が金で賄えるなら是非もなしってか。


 無聊(ぶりょう)を慰めるべくそのうちの一枚を手に取る。

 ふむ。あいも変わらずのクソ記事だ。表面を美文で取り繕っただけで中身がねぇ。猫も杓子も女神と勇者に万歳三唱ときた。使えねぇな。折角のお祭り騒ぎなんだから美味い飯屋の一つでも載せたらどうなんだっつの。ガキどもの新聞のほうがまだ見応えがあるぞ。


 ビラを放り捨てて先へと進む。王城に近付くにつれて街並みはより優美なものへと変化していった。

 通りをいくのはお高いスーツやドレスを着飾った高貴なる者どもである。所作振る舞いがいちいち礼儀作法じみていて堅苦しい。


 そんなやつらでも話す内容は一般人と変わらない。女神に勇者。限界まで追い詰められた国が打ち出した窮余の一策は功を奏し、上下を問わず広く民草へと受け入れられ、平和の象徴として語り継がれり。


 だとしたら、今日は歴史の終わりの日なのかね。

 むしろ始まりの日なのか。どうでもいいか。


「よぉ、お兄さん! ちょっと見て行かないか? 珍しいモン取り揃えてますよ〜!」


 この混雑では馬車の往来にも難儀するのだろう。通りを抜けることを諦めた馬車が、ならばと道の脇で停車してゴザを広げて商売に興じている。

 たくましいやつらだ。これだから商売人は嫌いになれない。


「おー、じゃあなんか珍しい酒くれ。それかツマミな」


「珍しい酒……ならこいつはどうですか? へっへっ……屠龍酒(ドラグ・スレイ)っつってですね……竜すら酔わせちまう酒ってんでその筋では有名なんですぜ!」


 在庫処分じゃねぇか。俺は呆れた。

 この狸ジジイめ、こっちを無知だと決め込んで足元見てやがるな?


「そして今なら二つで金貨二十枚の大特価だ! どうだい、買うかい?」


 それでもってボッタクリだぜ。ひでぇな。相場は一つ金貨七から八だってのに、あたかも買い得みたいに言いやがる。ふかしに二枚舌は商売の基本とはいえ、いくらなんでもこりゃ杜撰だぜ。


 ……まぁ、値札が付いてない店じゃこれは前座にすぎない。大抵の場合はここから値下げ交渉が始まる。そのやり取りが一種の醍醐味みたいなもんだ。もっとまけろ、仕方ないですねぇ……ってな流れよ。


 見たとこ、この商人はそれなりのやり手だ。富裕層の住む区画まで馬車を引っ張ってこれるあたり凡愚ではないだろう。適切な根切り交渉をすれば相場通りか、それ以下の値段で酒を譲ってくれそうだが……。


 面倒だ。俺は革袋から金貨二十枚を取り出してゴザの上へと積み上げた。


「……えっ?」


「金は払った。貰っていくぞ」


「え、ちょっ……本気か!?」


 まさか本当に売れるとは思っていなかったのだろう。商売用の仮面を脱ぎ捨てたオヤジが頓狂な声で尋ねてくる。

 本気、ね。当たり前だ。今は値切り交渉なんてしてる暇はないんでね。それに、こいつは俺にとって思わぬ掘り出し物だ。今日という日にはドギツい酒が口に合うってもんよ。

 俺は言った。


「時は金なり、ってね。商売人なら分かるだろ? 先を急ぐんで失礼するよ」


「えっ……あ、おう……どうも……」


 困惑の声を背に受けながら一路王城へ。

 さて、おっさんへの土産も買ったことだし……そろそろご挨拶に向かいますかね。


 ▷


 王城の付近まで来ると人混みは消え、遠くから響く喧騒がかろうじて耳に届く程度だった。


 なんせ一般人を城に近づけないよう衛兵どもが駆り出されてるからな。

 降臨の儀とは、言わば姉上二人の再起動である。その実態を知られることは許されない。

 故に、神聖なる場に踏み入るなかれとお触れを出して民を遠ざけるのだ。普段は城に勤めている連中も揃って締め出されている。念入りなこって。


 もちろん【隠匿(インビジブル)】を使える俺には警備など意味をなさない。だらけきった衛兵の脇を抜けて王城の裏口までたどり着く。

 この付近は警備の連中の目もない。侵入箇所としては上々だ。


「さてと」


 城を、更にその上、空を見上げる。

 七色のヴェールが王城を覆うように垂れ下がっている。市井が『女神の羽衣』などという小洒落た名前で呼ぶそれは、敵国の襲撃に備えて作られた国防級の呪装が放つ防護幕である。


『光天幕』。あらゆる魔法も、呪装がもたらす破壊をも防ぎ切った実績を持つ、紛れもない国宝。勇者降臨の演出に使うにしてはいささか物騒な歴史を持つ虎の子だ。


「ヴェールの内側を聖域へと変える呪装、か。その力はどれほどのモンなのかね?」


 呟き、手を伸ばす。

 光に触れた瞬間、言い表せぬ感触が指先に伝わる。硬いでも柔いでもない。干渉そのものを無かったことにするような……得も言われぬ感覚。

 なるほど、こりゃ鉄壁だな。尋常な手段で突破できる気がしない。そう直感させるにたる圧を感じさせる。


 しからば、尋常ならざる手段を用いるまでよ。


「【不倶混淆(ケイオスフィルタ)】」


 同じ世界に在りて、しかし(とも)混淆(まじわ)らず。


 そっちが虎の子を使うならこちらも相応の札を切るまでよ。世界からズレる埒外の力を持つ呪装、その模倣式。如何なる障壁であろうともこの俺の歩みを止めることは適わない。


 右腕から先の位相をずらす。肉体も衣服も露の如く消え、だが俺だけがその存在を知覚できる。魔法の発動もこなれてきた。部位別に効果を発揮させるのだってお手の物だ。

 やはりカジノ……あの鉄火場でのヒリつきが俺を更なる高みへと押し上げた。成長に限界はないのだと改めて実感する。これが、これこそが補助魔法の神髄よ。


 不可視の右手を伸ばす。そして俺の右手は『光天幕』に弾かれた。魔法の効果が切れて姿を現した右手を眺める。


「……………………えっ」


 …………。ま、まずい、か? いやまさか。まさかね。

 俺は再び【不倶混淆(ケイオスフィルタ)】を発動した。そして同じように右手を突っ込むも駄目だった。バリッと弾かれた右手が元の姿に戻ってそこにある。


 …………どうしよう。いや、どうすんだこれ。

 ま、まずくないか……。いや国防級の呪装があることは知っていた。知っていたんだ。降臨の儀の最中はそれが展開されることも……。


 けどこの魔法なら突破できるんじゃね? と思っていた。世界からズレる呪装だぜ? そのくらい朝飯前だろと……。


 まずいな……。俺はひとまず再度魔法を発動して突破を試みて、そして弾かれた右手を見てこの結果がなにかの間違いではないことを理解した。


 どうする? どうすんのこれ?

 いやまさかこんなこんなところで躓くなんて思わなかったぞ……。思考が空回る。く、首を斬るか……? 城の中に女神像があれば……いや、ない。あれは教会の中にしか……。


全能消去(オールクリア)】を使うか……?

 いや駄目だ。絶対にバレる。さすがに勘付かれる。俺の目的は姉上二人の改造と宰相の心を折ることだ。そのためには電撃戦が必須。ことを察した宰相が姉上らの片方をエンデに飛ばしたら……あのクソのような茶番劇の全てが無駄になる……。


 どうする……どうすればいい……。


「あの、宜しいですか?」


 っ……! 【鎮静(レスト)】。

 いかんな……思考に没頭していて人の接近に気が付かなかった。思った以上に動転している。少し頭を冷やさなければ。


 聞こえたのは女の声だ。衛兵じゃない。だが油断するな。いまの王城の近くにいる時点で……ろくな手合いではない。

 何よりも……魔法の発動を見られていたら厄介だ。まずは探りの一手を打たなければならない。


 俺は品のある所作で振り返った。人好きのする笑みを浮かべる。


「ああ、これは失礼。少しばかりこの壮麗なヴェールに見入ってしまい……」


 言いながら女の顔を見て、そこで気付く。この女、見覚えがあるぞ。


 ……あいつだ。プレシアの護衛だ。常にプレシアの隣にいて、俺に過度なくらいの注意を払っていたあいつじゃねぇか。名前は知らん。


 何故ここに?

 そう問う前に女が口を開いた。


「勇者ガルド様、ですよね?」


 バレている。何故だ? 今の俺は【偽面(フェイクライフ)】を使っている。バレるはずは……いや、何かの呪装か? その可能性が高いか。

 まあいい。捨て置く。どちらにせよこいつは味方だ。隠しておく意味は薄い。


 俺は腕を組んで背を反らした。


「よく分かったじゃないか」


 言うと、護衛の女は恭しく頭を下げた。


「プレシア様から言付かっておりました。国が降臨の儀を執り行うとなれば、必ずや勇者ガルド様が現れるはず。総力を挙げて見つけ出し補佐をせよ、と」


「フッ……粋な計らいだな」


「勇者様であれば、お一人でも問題ないと拝察いたしますが……」


 俺は鷹揚に頷いた。


「当然だ」


「ですが、それでは我々の面目が立ちません。微力ながらお力添えできればと存じます」


「……そうか。ならば許可する」


「はっ!」


 あれよあれよという間に事が運び、なんか知らんが護衛の女が協力してくれることになった。マジかよ。

 いやぁプレシアほんと優秀よな。でも深読みしすぎだろ。必ず俺が現れるはずって……実はここにいるのは偶然で、もしかしたらあと数年くらい復活できなかったかもしれないって知ったらどう思うんだろうな?


 そんな内心を隠して護衛の女の行動を見守る。

 女が懐から取り出したのは何かしらの細工が施されているであろう箱だった。


「プレシア様は仰っていました。転移の力を持つ勇者ガルド様であればこの幕を通り抜けるなど造作もないだろう、と」


 俺は鷹揚に頷いた。


「当然だ」


「ですが……勇者様いわく、転移は大きく力を使うとのことらしく……ええと、コスパが、悪いとか」


「そういうことだ」


「……ですので、私どもがこの幕を一瞬ですが剥がします。勇者ガルド様を万全の態勢で送り届けるために」


「できるのか? その箱で」


 護衛の女が持っているのは簡易な造りの箱だ。手に乗るほどに小さく、側面に穴が空いているだけのもの。とても呪装には見えない。

 俺の力を弾いてみせる国防級の呪装を突破できるようなシロモノには見えないが……。


「これは合図を送るための装置です。中に発光の魔石が入っていて、光を遠くまで飛ばせる造りになっております。この幕はあらゆる現象を遮りますが……光や空気は遮らない。……城の一室にプレシア様が潜んでいます。貴族の一人を魅了し、そして洗脳して……昨日から城内に忍び込んでおりました。『光天幕』の制御を任された貴族に付け入るために、と」


 おいおい天才か? どこまで先を読んだ行動だよ。俺は素直に感心した。

 よくぞそこまで危険な橋を渡ったもんだ。もし俺の目覚めが一日でも遅れていたらその全てが無駄になっていたという事実に心胆が凍る。


 しかし俺は余裕の笑みを浮かべた。


「ふむ、俺の計画通りだ」


「…………本当ですか?」


「当然だろう。俺は勇者ガルドだぞ」


「…………そう、ですか」


 護衛の女はその叡智の前には声も出せず、といった具合に黙り込んだ。一呼吸を置き、俺に問う。


「幕を剥がせるのは、ほんの一瞬が限界だろうと聞き及んでいます。……準備は宜しいですか?」


敏捷透徹(アジルクリア)】発動。応える。


「やれ」


「それでは」


 護衛の女が箱に魔力を送り込む。瞬間、箱の側面に空いた穴から一条の光が放たれた。

 光が『光天幕』を貫通して城の外壁へ到達する。女が箱を構え直して微調節する。そして光はある一室の窓へ吸い込まれた。


「あの部屋にいるのか」


「はい。……! ガルド様!」


「……ッ!」


 一瞬。本当に一瞬、天より垂れ下がる光の幕が色を失った。

 知覚と同時、駆ける。静から動への切り替えは刹那。寸分の隙とて逃しはしない。


 一、二、三歩。弾かれた感触はなかった。

 踏み込んで、振り返る。目と鼻の先、色を取り戻した『光天幕』が七色の光彩を放っていた。間一髪、侵入成功……!


 幕の外側で護衛の女が胸に手を当てて深々と腰を折る。それを見届けた俺は片手を挙げつつ身を翻した。

隠匿(インビジブル)】発動。城の裏口から場内へと侵入する。


 フッ……国防級の呪装が何するものぞ。

 全て……俺の計画通りだ。

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うーん、このガバチャートクオリティは勇者
なるほど。 この護衛さんには六感透徹があるから、最初から疑ってかかれば体格とかで気付けるのか。 それしても…うん、素晴らしいスタートですねw
いきなり詰みかけててこれぞガルドくおりてぃ。
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